1/21/2016

似た者。

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アサミに出会ったのは、僕がオーストラリアに来て二週間程経った頃だった。彼女の職場は僕の職場の目の前で、彼女はアメリカスタイルの床屋で理容師として働いていた。客もスタッフも白人ばかりの中、一人だけアジア人で背の低い彼女は一際目立っていた。毎日顔を合わせるようになった僕らは話すようになり、僕は彼女の店で髪を切ってもらうようになった。彼女も僕の職場に来るようになった。

アサミは知れば知る程変わった子だった。何が変わっているかは後で書くとして、外見と内面のギャップが激しかった。見た目は派手で、金髪に鼻ピアス、焼けた肌、B-GIRL風ののファッションで、いかにもクラブで踊っているかサーフィンをしていそうな今時の派手な女だった。明るい姉御肌、そんな風に見える彼女の内面は、実は繊細で、少し歪んでいて、話していくうちに彼女の中の不安や恐れ、社会に対する絶望、そんな物が見えてきた。そういう部分を知ると、僕の人間に対する興味は一気にそそられる。大体、何の問題も無くて、ただただ明るく生きていられる人間なんて、人間味のないつまらない奴だ。そんな奴がいればだけれど。

アサミと僕は似たもの同士だ。少なくとも僕はそう思っていた。

「あたしはね、子供だった時が無いの。もちろんちゃんと子供だったんだけど、なんていうか普通の無邪気な子供時代が無かったっていうか、少し変わった家庭で育てられたから子供の時から大人でいなきゃいけなかったし、わがままも言えなかった。おまけにウチは代々ある宗教を信仰していたから、あたしも当然その宗教の教えを受けながら育ったし、他の子とは違ったと思う。」

細い指で口に煙草を運びながら、アサミは笑った。僕らはこの日二人でバーに来ていて、酒の力も手伝って普段はしないような話をひたすらしていた。僕はほとんど聞き役だったけど、いつも女の話を聞く時に感じる退屈はこの時は感じなかった。

それは僕がその夜彼女と過ごせる事に期待していたからでもあるし、単純に彼女が素をさらけ出して話す彼女の生い立ちや、抱えているコンプレックスが興味深くて面白かったからでもある。
彼女の家は某新興宗教を信仰していて、特に熱心だった父親は魂の存在を信じ、人間よりも動物を好んだ。アサミの幼い頃の記憶では父親は動物と会話し、仕事以外の時間はほとんど一人で過ごしていたらしい。そして幼い頃の彼女も動物と会話する事が出来た。
父親は教えをもとに彼女に厳しく接し、彼女は父親の期待に答えようと必死だった。

彼女は小学校低学年の頃の記憶がほとんど無かった。覚えている事は、人間社会に居る事に疲れていた事、友達はおらず、いつも自然の中で動物と居た事、あまりに変わっているせいで特別学級に入れられそうになった事、なぜかいつも死にたいと思っていた事だ。

彼女は病んでいた。本質が、幼い頃の記憶が彼女に深い影を落としていた。彼女は僕の見る限りアダルトチルドレンだった、アダルトチルドレン、機能不全の家庭で育った子供が正常に心を育てる事が出来ず、成人になってからも社会生活に影響を及ぼしてしまう、もっと分かりやすく言えば、子供の頃に子供らしく過ごせず、いつまでも子供のままで居てしまう、大人になっていく外面とのギャップに苦しみ、生きずらくなっていく、そんな症状だ。僕もアダルトチルドレンだと言われた事がある。それは人生が上手くいかない人間が原因を過去に求めた言い訳の言葉だ。弱い奴らが自分を納得させる最後の依存できる薬だ。そして僕も分かっていつつも、こういうカテゴライズされた症状に自分を当てはめる事の安心感に引きずり回されていた。

そして彼女はスピリチュアルに傾倒していた。目に見えない物を信じていたし、世界の不思議にちゃんと疑問を持っていた。やはり僕らは似たもの同士だった。 
話していくうちに僕は彼女に親近感を感じていき、同時に世の中の法則の正確性に恐怖を感じていた。「引き寄せの法則」本屋に行けばコーナーが設けられているくらい有名な言葉だし、知っている人も多いだろう。要するに人間は自分と似たものを引き寄せる。
自分の周りにあるもの、居る人達、状況は、自分が引き寄せたものだという考え方だ。

宗教、スピリチュアル、家族に関するコンプレックス、社会へのいら立ち、孤独、未来への不安、僕らは似た様な事を考えていたし、似た様な事を恐れていた。
なぜか僕が出会い親しくなる女性はこんな内面の奴ばかりだ。それは単なる偶然なのか、法則なのか分からないが、僕の中の、世界は精神を元に成り立っているという仮説を裏付けるには十分だった。

とにかく、内面を知る事で僕は彼女に惹かれていた。バランスを崩したらすぐにぶっ壊れてしまいそうな彼女の不安定で複雑な精神と、それを隠す為に社会の中で演じている明るい彼女の間にある深い溝と、そこから溢れ出している淀んだ何かに惹かれていた。

数時間、僕らは話し続けた。精神世界から、日本社会がいかに腐っているかって話まで。宗教から哲学まで。彼女は極度にスピリチュアルにハマっていたし、新人類とか陰謀論とか僕がうさんくさいと思う範囲にまで興味を広げていたけど、それはそれで面白かった。
彼女も僕の内面と外面のギャップに驚いていた、僕は見た目は奇抜だと言われるが内面は内向的だし、落ち着いていると言われるが子供の様な部分が多々ある。アサミも、僕と彼女が似ている事は気づいていたと思う。

足がふらつくまで酔った僕らはタクシーで彼女の家に行った。彼女は郊外にある一軒家を借りていて、空いている部屋を貸し出していた。オーナー業ってやつだ。
彼女の部屋は広くて、一人で暮らすには十分な大きさの部屋で飼い犬と住んでいた。
アサミは飼い犬に、まるで人間の友達に接するように接していた。犬は知ってか知らずか飼い主が現れると、尻尾を振り回し大きな黒い目を輝かせながら部屋を走り回っていた。

「あたしマリファナ吸うんだけど吸っていい?これがないと寝れないんだよね。」

テーブルの上には大きなガラスボングと使い込んだグラインダーが置かれていて、彼女はガンジャに依存していた。そこも僕と一緒だった。僕らは一緒にハイになり、バーで話した事の続きを話した。話をしながらも、僕の頭の中はセックスで一杯だった。男という生き物は単純で、目の前にセックスの可能性が現れれば、精神世界も、神秘も、日頃の悩みさえもどうでも良くなってしまう。おまけに僕はぶっ飛んでいた。

そこからの記憶は曖昧だが、覚えている事は、僕の分身が役に立たなかった事、飼い主の日頃見ない姿に犬が驚いていた事、部屋がぐちゃぐちゃに鳴っていた事、隣で眠る彼女の顔が子供みたいだった事、部屋が異常に暑かった事、それくらいだ。

朝方5時、太陽が昇り始めたぐらいに僕は彼女の家を出た。澄んだ朝の空気の中を、家まで歩いて帰った。歩きながら僕は昨日の事を全て詳細に思い出して、記憶の中に奇麗にしまい込もうとしたが上手く思い出せなかった。僕らは似た者同士だった。






1/07/2016

憂鬱

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朝、誰もいない家で目が覚めた。この時間に起きるのは僕だけだから、皆出掛けていて家に居るのは僕だけだ。天井には毎日見ているファンが頼り無さげに廻っている。窓の外を見て晴れて居る事を確認して、コーヒーを淹れる。ベランダに出て煙草に火を着けて、海沿いに偉そうに建っている高級マンションを見る。
いつもの光景だ。初めは新鮮に感じたオーストラリアでの生活も数週間も経つと慣れ、僕にとって外国の街だったサーファーズパラダイスも、すっかり僕が住んでいる街になった。
家から海に歩いて15分で行ける事も、白い砂浜も、路面電車も、サーファーもスケーターも、金持ちの中国人観光客も、土産屋も、ストリップも、ケバブ屋も、カトリックの勧誘も、ニューエイジ系のサロンも、モデルみたいな白人の女も、安く簡単に手に入るマリファナも、カジノも、僕の日常の一部になった。
人間の慣れる能力は僕らにとって諸刃の剣だ。酷い環境に居るとき、慣れは僕らを助けるが、理想的な場所や出来事に遭遇した時の新鮮さや喜びをすぐに奪いさってしまう。
僕らは何処に行っても、何を手に入れても、慣れて、飽きて、また新しい刺激を求めて彷徨う事になる。

しかしサーファーズでの生活は悪く無い。ゆったりとした時間と環境の中で、一日八時間の労働、空いた時間は文章を書いたり絵を描いたり、友人と過ごしたり。
友人、僕は友人が少ない。すっとそうだ。中学生の時から入学式や卒業式、学校行事があまり好きでなくなった。集団の中に居ると、疎外感を感じるからだ。1人ぼっちだった訳じゃない。いつも一緒にいる誰かはいたし、親友だと感じる奴もいた。ただ、どうしても心で繋がり合っていないという違和感を感じていたし、例えばそう、集団の中で急に二人一組を作る事になった時に自分が溢れるのは確実だと感じていた。多分問題は僕にある。本心を言えず、心を開かなかったからだ。
衝突を恐れてはっきりと物事を言えないのは日本人全体の国民性だと言われるが、僕はその典型みたいな奴だ。
言いたい事が言えない関係はストレスを産む。中学を卒業し、高校を出て東京に移り住んだ。その間僕のストレスは天漏れの水がバケツに溜まるように少しずつ溜まって、段々と人と深く関わる事を避ける様になった。表面的には上手くやれる。何人もと知り合って表面を撫で合うような関係を築いたがそれらは長続きしなかった。
最後に東京で生活していた時は、僕はほとんど一人だった。週に一度、数少ない友人と言える人間と会う以外は一人で過ごした。誰かと関わる事はリスクとストレスを伴う、しかし、誰とも会わない事は寂しさを感じる。
人間はわがままで不都合な生き物だ。そんな矛盾と葛藤しながら、毎日を過ごしていた。

しかしオーストラリアに来てそんな僕の生活は一変した。
ここにくる時に決めた事の一つに、なるべく多くの人間と知り合い、話をする、というのがある。僕はこれに忠実に、ここに来てから色んな奴と知り合いまくった。
初対面の居心地の悪さを何度も味わって、出来るだけ多くの人間と関われる様に務めた。
これは言わば荒療治で、新たな環境で今までと全く違うやり方で人と関われば、僕がずっと抱えている人間関係の問題を克服できると思ったからだ。
試みは成功して、僕は多くの知り合いが出来た。東京に居た時は週に一度か二度鳴るだけだった僕の携帯が毎日鳴る様になり、仕事が終われば誰かと酒を飲んだり、ガンジャを吸ったり、クラブに遊びに行ったりして過ごした。
僕がこの街で知り合っているのは日本人ばかりだったが、さすがにオーストラリアまで来ているだけあって色んな奴が居た。
旅人、ジャンキー、白人の男を捕まえにきている女、大学生、元風俗嬢、スケーター、サーファー,DJ,ナンパ師、オーストラリア生まれの日本人、ハーフ、プッシャー、ヒッピー、美容師、絵描き、精神的に止んでいる奴から、はつらつとした奴まで、短い時間で一風変わった奴らと知り合い、時間を過ごした。
毎日が昨日の延長のようで、濃い絵の具が混ざっている中をもがきながら進んでいるようだった。ほとんどは良い奴だったし、今まで避けてきた様な遊び方や関わり方を経験する事が出来た。失った青春を取り戻しているようだった。
しかし、結局僕の中のイラつき、違和感と不安感、罪悪感、自己嫌悪は僕を離してくれず、こころの中は東京に居た時と変わらずだった。
オーストラリアの気候と広い空は心を明るくしてくれるが、根元から溢れ出している負のエネルギーは、抑えきる事が出来ず、何度も憂鬱をつれて来た。

大体、僕は何をやっているんだ?外国に来たのに日本人ばかりとつるみ、毎日を無為に過ごしている。この小さな街の日本人社会もうんざりだ。何故人と関わるとストレスが生まれるんだ?そして僕は何かしなければいけない、この思いが自分を責める、繰り返してしまう怠惰に自己嫌悪を感じて何かしろと急かしてくる。
当たり障りの無い人間関係も嫌になる、金がない事も、女が居ない事も、結局繰り返しになる毎日も、発展性の無い仕事も、壊れかけのパソコンも、ヒビの入ったiphoneも。
変えなければいけない。僕は結局また何も変わらずに希望を抱いては自分で打ち壊して、ベッドの中で頭を抱えている。
環境を変えることで振り切ったはずのネガティブは、少し遅れてまた僕の所に戻ってきた。同じ所に定住すると必ずこうなる。エネルギーが停滞して腐って行く様な感覚。

このころ僕の精神的アップダウンは激しくなり、動かない体を引きずりながら仕事に行くことが多くなった。僕は大丈夫だ、この道は間違っていないしきっと素晴らしい所に行く事が出来る、そう思える日は太陽がまぶしくて、行動に意識が渡り、人と会う事は喜びだ。
逆に、もうダメだ、僕はこの歳になっても何も持っていない、同じ事を繰り返している、ずっとこうやって苦しむのか?人生は初めから勝ちの無い無益なゲームだ、そんな風に思ってしまう時は僕の中の全てが停止しているように感じる、創造性も、向上心も、活発性も、好奇心も。
自信がなくて、人に会う事が怖くなる。
僕以外の皆も僕と同じ様に頭の中で色んな事を考えている、それ自体がすごく恐ろしく感じる。

家の近くにあるペリーパークは川に面していて、奇麗な芝生と子供用の遊具があり、大きな木がある。一番大きな木の下の木陰は僕のお気に入りの場所だ。
ある休みの一日、何もやる気の起きなかった僕は朝から公園で本を読んでいた。
目の前では子供達が遊具で遊んでいる。滑り台を滑り降りるだけでキャッキャと騒いでいる。曇りの無い笑顔で笑っている。僕にもこんな時があったはずだ。
幼い頃、目の前の現実が楽しくて好奇心に溢れていた時、、
僕は子供のようになりたい。