10/26/2015

SAK-YANT3〜忘れぬように〜

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改めてサクヤンを入れる事を決意した僕は施術を待つ人達の列に並んではみたものの、何から何まで分からない事だらけだった。
入れたい図柄は選べるのか、お布施や供え物はどうすればいいのか、この場のルール。
誰かに聞こうと思うが、周りを見渡す限り英語が通じそうな人がいない。

周りの人達もいきなり列に加わって来た外国人に驚いた様子で、これまで全体で作りあげていた空気も異物が入った事によって壊れてしまった様な気がする。

僕は一度この場を離れて誰か英語が通じそうな人を捜す事にした。

寺の境内を歩いていると、向こうから三人組の男が歩いて来た。
三人とも歳は20代前半だろう、見るからに不良で三人のうち二人は手首まで刺青が入っている。どう見てもお寺には合わない奴らだ。
僕は彼らに声をかける事にした。三人のうち一人の腕がサクヤンで覆われていたからだ。

「こんにちは。突然悪いんだけど助けてくれないか。僕は日本から来て、サクヤンを入れたいと思っているんだけどルールがいまいち分からない。よかったら案内してほしい。」

出来るだけ丁寧に話した。
三人が顔を見合わせる。真ん中の一人が口を開いた。
「お前サクヤンが欲しいのか?外人はたまに来るけどアジア人は珍しいな。サクヤンは普通のタトゥーに比べてかなり痛いけどお前大丈夫か?」

明らかに馬鹿にした感じで言って来た。僕の馬鹿に丁寧な口調も手伝って、彼らの目には僕がかなりひ弱な奴に見えたんだろう。左右の二人はニヤついてやがる。
彼らは一応英語が通じるし、サクヤンにも慣れている様子だ。彼らに案内してもらうのがいいと考え、いらつきを抑えながら答えた。

「大丈夫だ。その為にわざわざタイまで来たんだ。」

三人がタイ語で会話している。面白いから案内してやろうぜ、そんな事を話しているように見えた。

「OK.じゃあ着いてこいよ。まず花と線香のセットを買うんだ。」
とにかく僕はガイドを見つけた。彼らの案内に従って花と線香のセットを買う。
同時に小さな皿を渡された。

「ここに花と線香、お布施の25BHT(日本円で150円程度)を入れるんだ。それを僧侶に渡して、刺青を彫ってもらう。僧侶の前に行ったら腰を屈めて手を合わせろ。敬意を示すんだ。」

僕は皿を持って僧侶のいるところに向かった。4人のうち誰に彫ってもらうか迷ったがネットで見た事のある人に彫ってもらう事にした。彼は室内で施術を行っていた。
VICE で女性記者が彫ってもらっていた、あの場所だ。
室内では2人の僧侶が刺青を彫っている。僕は皿を持って部屋の隅に腰を下ろした。
案内してくれた男が僕の方を指差しながら僧侶に何か話している。
僧侶が頷く。

男が近づいてくる。
「お前の事を頼んでおいたからあとは大丈夫だ。今日の受付は今部屋にいる人間で終わりだからお前は一番最後だ。図柄は選べる。順番を待って、自分より1人、2人先の人間の施術を手伝うんだ。自分の順番の時は僧侶に必ず敬意を示す事。俺はもう行くから頑張れよ。」

もう行ってしまうのか、そう思いながら僕は男に礼を言った。
後は待つだけだ。室内を見渡す。12畳ほどの室内に20人ほどの人がおり、施術を受ける者以外はそれを取り囲むように座り、皆静かに押し黙っている。
時折一言二言会話がある程度で、窓の外の樹が風に吹かれ葉が揺すれる音がよく聞こえる。
今まで味わった事のない厳かな空気が流れている。やはりこれは宗教儀式なのだ。
かといって息苦しい訳ではなく、皆リラックスしている様子で、緊張しているのは僕だけみたいだ。
一人、二人と施術を終え部屋を出て行く。
小刻みに震える奴、ぶつぶつと何かを唱えている奴、全くの無表情で微動だにしない奴、施術を受ける者の反応は様々だ。

共通していたのは、男も女も施術を終えるとすっきりした顔で、なにか達成感の様なものを感じているように見えた事だ。そして誰もが強い信仰心を持ち、僧侶に対して尊敬の念を持っていた。

自分の順番が近づいてくるにつれてナーバスになって来た。
一体僕は何をしているんだろうか?言葉の通じない外国人の中に混ざり、異様な空間の中にいる。数日前まで日本で普通の日常を過ごしていたのに。
それにやはりサクヤンはかなり痛そうだ。負うリスクもかなりのものだろう。第一に衛生面は全く期待できない。何よりも僕は今から刺青を入れるんだ。僕みたいな奴にとってはそれだけでも大事なのだ。
周りのリラックスした空気に反して僕の緊張は高まり、落ち着くことが出来ず何度もトイレに行く。

周りの人達は目が合うと笑顔を向けてくれるけど、ひきつった笑顔を返す事しか出来ない。

室内からはどんどん人がいなくなり、僕の一つ前の男が施術を受ける番になった。
僧侶がジェスチャーで男の体を抑えるように指示して来た。
既に刺青だらけの男が僧侶に背を向けて座る、僕ともう一人で体が揺れないように抑える。触れると分かる、体が小刻みに揺れている。男は固く目を閉じ、痛みに耐えている。
僕の緊張はピークに達していた。
次は僕の番だ。

男の施術は15分ほどで終わった。

僧侶が僕に服を脱ぐように言ってきた。視界が狭まり鼓動が早くなる。
服を脱ぎ僧侶の前にひざまづき、花と線香、お布施を渡し手を合わせ頭を下げる。足が震える。
入れたい図柄を伝え、僧侶に背を向けて蓮華座を組んで座る。抑える役目は僕の前に施術を終えた男達が手伝ってくれた。
「リラックス」
男が耳元で言ってきた。

背中を消毒される。緊張で感覚が敏感になっているからか、消毒液がやけに冷たい。
一突き目は突然やってきた。

40センチのロッドが皮膚を刺す。
あまりの痛さに体が震える。僕を抑える男の腕に力が入った。
僕は集中して痛みに耐える為手を合わせ目を閉じた。
針はリズミカルに上下し、僕の体を突いている。こんな痛みに何分も耐えられるんだろうか?痛みを感じる感度は人によって様々らしいが、僕は敏感らしい。気を抜いたら失神しそうだ。

もしこの激痛が数時間続くと言われれば僕は自ら命を絶つだろう。
それくらいの痛みだ。

極度の刺激は極度の集中を引き起こす。
普段あれだけ余計な事を考えているこの頭が、この時は痛み以外になにも無く真っ白だった。僕は少しでも痛みから気を紛らそうと呼吸に意識を集中する。
目の前で合わせた手から汗が流れてくる。
どこの毛穴から汗が流れたか分かるくらいに僕の感覚は敏感になっていた。
不思議と僕を抑えている男の手の感触は感じない。

頭の中で絵が見える。
真っ白の背景に黒い蛇が蜷局を巻いている。蛇は針の刺激に合わせて踊っている。
施術が進むに連れて蛇の動きは激しくなり、円を描くように動き出した。

サクヤンによってトランス状態に陥ることはよくあるらしく、彫った図柄が動物であればその動物が体に乗り移ったり、失神して泡を吹いたりする人もいるらしい。
アンジェリーナジョリーは白目を剥きぶつぶつ独り言を言い出したそうだ。
そういう話は知っていたけど僕は信じていなかった。素面でそんなことになるはずが無い。
しかし、今思えばこの時僕はトランス状態に入っていたのかもしれない。自意識は保っているもののビジョンがはっきりと見えすぎていた。

痛みと真っ白な背景、黒い蛇、静まった思考、これらが合わさり少しずつ快感に変わってきた。胸から言いようの無い何かがこみ上げてくる。
首から数滴の汗が流れ落ちた。


20分ほど経っただろうか、突然針が止まり痛みが無くなった。
後ろからぶつぶつお経の様な声が聞こえる。
これはカタという呪文の様なものらしく、サクヤンに力を宿す特別な文言らしい。
蛇が描く円の中心から黒い煙の様なものがじわじわと湧き出てくる。
カタが止んだ。僧侶が僕の体に彫ったサクヤンに息を吹きかけた。
円の中心から湧き出てきた煙が一気に中心に引き込まれていき何かが僕の体に入ってきた。確かにそう感じた。

僧侶が僕の肩を叩いた。
終わったらしい。僕は合わせていた手を離し、ゆっくりと目を開けた。
目を閉じていたから全く気づかなかったが、いつの間にか目の前に数人のギャラリーが出来ていた。外国人がサクヤンを入れる姿が珍しかったんだろう。
目の前で僕を見ていた男が親指を立てて微笑んだ。痛みから解放された僕はやっと笑えた。

たった20分程座っていただけなのに足が酷く痺れている。変に力を入れていたせいだろう。僕は腕の力を使ってなんとか僧侶の方に向き直り手を合わせ頭を下げた。

仏頂面だった僧侶が満面の笑みで手を合わせ、僕に会釈した。
僧侶が部屋を出て行き、僕の施術を見ていた人達も部屋を出て行く。

僕の興奮は収まらない。鼓動は未だに早く、痺れが抜けた足は小さく震えていた。
鞄からノートを取り出して、体験した事とこの気持ちを忘れない様にメモを書いた。

サクヤンを入れたところで特別な力を手に入れたり、何かすごい才能が開花したり、そんなことはないだろう。それでも自分のやりたい事の為にリスクを冒し痛みに耐え、欲しいものを手に入れた、これは僕にとっては大きな事だ。

サクヤンを手に入れた満足感と、痛みからの開放感でハイになってきた。
窓の外を見ると日が沈み始めている。

久しぶりに感じるナチュラルハイに浸っていると、僕を案内してくれたあの男達が部屋に入ってきた。
彼らに礼を言い、サクヤンを見せた。

僕らは無言で握手を交わした。

「サクヤンの力はマジだよ。俺は今まで何度かもうだめだってくらい危ない目に遭ってるけど不思議と助かってる。最初はただのタトゥーだと思ってたけどこいつの力は本当だ。今日からはサクヤンがお前を守ってくれる。どういう事か分かるか?」

腕がサクヤンに覆われている男が僕に問いかけてきた。
質問の意味が分からず答えあぐねていると、男がまっすぐ僕の目を見つめて言った、

「いつでも戦え、挑戦しろって事だよ。」

僕らは再度握手をして分かれた。

この旅で最初の僕の小さな挑戦が終わった。


10/22/2015

SAK-YANT2~ワットバンプラと護符〜

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ド派手なトゥクトゥクに乗る事30分。
ついに僕は目的地、仏教寺院ワットバンプラに到着した。

僕は興奮していた。ネットで見た異国の場所、しかも観光客はそう訪れないであろう場所に実際にやってきたのだ。

「着いたぞ!ここがワットバンプラだ。まず左奥の建物に入ってお布施を払ってお祈りしてもらうのがルールだからな。」
運転手に礼を言い、トゥクトゥクを降りた。
 
大きな門をくぐると敷地内には5つほどの建物があり、そのどれもがタイ仏教独特の派手でサイケデリックな装飾が施されている。
他にも敷地内の数カ所に日本ではまず見られないであろう変わったデザインの仏像や、オブジェが置かれている。

また寺院の建物があるエリアの隣には100平方メートルほどの屋台エリアがあり、食材やちょっとした食べ物を買う事が出来る。

僕は運転手に言われたとうりに左奥の建物に向かった。
中に入ると正面に仏像があり、部屋の左奥に僧侶が一人座っている。
部屋の入り口に受付の様なものがあり、そこで花と線香のセットを買い、25BHTのお布施と共に僧侶に渡し、お経を読んでもらう。
僕は周りの人の見よう見真似でなんとかお経を読んでもらった。
タイ語で読まれる初めて聞くお経が脳内でこだまする。

後で知った話だが、この建物にはこの寺を代表する僧侶だったルオンポープン師の亡がらが祀られているらしい。

最初にするべき事を終えた僕は建物の外に出た。
本番はここからだ。ネットで得た情報を頼りに敷地内右奥の建物を目指す。
不気味なオブジェを通り抜け、奥に進む。右奥の建物の軒先で人だかりが出来ている。


見つけた。

ワットバンプラは日本のお寺と比べればかなり変わった作りだが、ここタイにおいては一般的なごく普通のお寺だ。しかし決定的に違うところが一つある。
ここでは、僧侶による伝統刺青、サクヤンの施術が行われているのだ。
僕はこのサクヤンを手に入れる為にここまでやって来た。

サクヤンとは、、
タイで一般的に見られる幾何学模様や動物をモチーフにしたタトゥーで、一見して仏教関連だと分かるものだ。施術は特殊な秘技を身につけた僧侶やアチャーンと言われる人のみが行う事が出来、一般的なタトゥーと違い宗教的側面が強い。
サクヤンを体に刺れることで運命を変える力や悪い宿運から逃れる力、また悪霊から主人を守る力が宿ると信じられている。
タイではサクヤンを入れている人を多く見かける事が出来、主に労働者階級の人達が立身出世や無病息災を願い体に入れるらしい。

そのルーツはクメール王朝時代にまで遡り、当時のタイの戦士が戦いにいく際、戦士を守る護符として僧侶が戦士の体に彫った事が始まりだと言われている。
サクヤンを入れた戦士は敵の弾に当たらず、刀で切られる事もなかった事からその魔法の様な効果が信じられるようになった。

近年ではハリウッド女優のアンジェリーナジョリーがサクヤンを入れた事で世界的にその名が広まった。

僕が初めてサクヤンの事を知ったのは二年前、初めてタイを訪れたときにたまたま知り合った日本人の旅人にその存在を教えてもらった。
刺青が欲しいと思っていたけど特に入れたい絵が無く保留していた当時、僕はサクヤンに魅了された。僕好みの幾何学模様のデザイン、何よりも実家がお寺でルーツが仏教にある僕にとって伝統仏教刺青という部分が決めてだった。
僕の最初の刺青はこれだ、いつか必ずサクヤンを手に入れよう、そう思った。

その後二年間サクヤンは僕の頭に残り続け、インターネットメディアVICEでサクヤンと、ワットバンプラで行われるサクヤンの祭りが取り上げられた時は何度も動画を見返して手に入れる日を夢見ていた。



お寺の境内、寺院の軒先、目の前でサクヤンの施術が行われている。お寺と刺青、僕の中で相容れない物が同時に存在している。施術待ちの人達はリラックスした様子で順番を待っていた。
皆一様に上半身裸で背中にはびっしりとサクヤンが彫り込まれている。
施術をしている僧侶は計4人。軒先に二人、室内に2人、それぞれに施術待ちの人達が列を作っている。写真撮影が禁止だった為、この目に焼き付けようと近くに寄って施術の様子を観察した。
長さ30~40センチのメタルロッドがリズミカルに上下し、体を突いている。
一人の女性が太ももに彫ってもらっている。苦痛に歪む顔、滲む血、皮膚を突くメタルロッドは不気味な光沢を放っている。
今まで刺青を入れるところを見た事はあったけど、こんなのは初めてだった。
やはり宗教儀式ということか、不思議な空気感を感じる。
女性の体が小刻みに揺れだした。よほど痛いのだろう、左右から男が二人がかりで抑えているのに体の揺れは止まらず、固く閉じた目からは涙が滲んでいる。

直視していられなくなった僕は目を伏せた。
僕は完全にビビっていた。

おいチキン野郎、こんな所まで苦労してやってきてこの期に及んで何をビビっているんだ?お前また逃げるのか?嘘つきやろうが。

僕の中の理想の僕が現実の僕を煽ってくる。
本当にサクヤンが欲しいのか?自分に問いかける。

欲しい。理由なんかどうだっていい。欲しい物が目の前にあるじゃないか、
手を伸ばせ。
決意を固めた僕はサクヤンの施術を受けるべく列をなす集団の最後尾に並んだ。

続く

10/19/2015

SAK-YANT1〜人に優しく〜

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タイでは国内を移動する際、バスが主に利用される。
バンコク市内には3つの大きなバスターミナルがあり、国内を長距離移動する際はこのいずれかを利用する事になる。
この日僕は朝早く起きて身支度を済ませ、宿の近くの屋台で朝食を済ませるとタクシーに乗り込み南バスターミナルに向かった。
カオサンから40分ほどの場所に南バスターミナルはある。

バスターミナルは平日にも関わらず混んでいて、荷物を持った現地の人達がバスを待っている。
この南バスターミナルはバンコクの隣県から海沿いのリゾート地まで多岐にわたる行き先を網羅した多くのバスが出入りしており、表記もタイ語でされているため全くタイ語の分からない僕にはどのチケットを買えばいいのか、どのバスに乗ればいいのか皆目検討が着かない。

バスを待っているタイ人達に僕の行き先に行くにはどのバスに乗ればいいのか訪ねた。
英語が分かる人も分からない人も親身になって時刻表を調べたり、周りの人に聞いたりして僕を助けてくれようとする。
微笑みの国の人達は本当に親切だった。

数人の助けを経て、なんとかどこから乗ればいいのか分かった。
どうやら僕が乗るのはバスではなく乗り合いのバンらしい。
バスターミナルの正面から左に回った裏側に、数台のバンが止まっており近くにチケット売り場が有る。僕はチケット売り場で行き先を告げチケットを購入し、車に乗り込んだ。
運転席には体重100キロはあるだろう太った男が不機嫌そうに座っている。

僕は行き先を確認し、助手席に座った。車内は僕を含めて乗客は4人、帰郷だろうか、皆大きな荷物を持っている。
ほどなくして車は走り出した。
しばらくは窓から外の景色を眺めていたけど、次第に眠くなってきた。
運転手に僕が降りたい場所に着いたら教えてくれるよう頼み、目を閉じた。

気持ちよく眠っていると運転手に起こされた。さっきまで不機嫌だったのに満面の笑みでこっちを見ている。
「さぁ、着いたぞ。ここがナコーンチェイシーだ。」
出発から一時間、バンコクの隣県ナコーンパトムに到着した。
僕はわくわくしていた。今日僕は今回の訪タイの最大の目的を果たすんだ。
良く眠ったからだろう、頭もすっきりしている。

問題はここからだ、バンを降りて、僕の目的地であるワットバンプラに向かうバスに乗り換えないといけない。その乗り換えの場所が分からなかった。
運転手に訪ねても分からないという。
僕が自力で探す事を決めバンを降りると、後ろの席に座っていた男が一緒に降りてきた。

「ワットバンプラに行きたいんだろ?俺もここで降りるからバス乗り場まで一緒にいってやるよ。」

さすがに悪いので断ろうと思ったけど、どこもかしこもタイ語表記だらけのこの場所でタイ語の分からない僕がバス停を見つけて目当てのバスに乗るのはかなり厳しい。
彼の優しさに甘える事にした。

しばらく歩き、彼の案内でバス停に到着した。
ワットバンプラ行きのバスが来るまで一緒にいてくれるという。
この間いろいろな事を話した。

彼は僕と同い年で、普段はバンコクで法律関係の仕事をしているらしくこの日は久しぶりの帰郷らしい。しかも彼の家はここからさらに二つ先のバス停付近らしく、わざわざ僕の為に途中で降りてくれたらしかった。
彼は一人でこんなところまで来た外国人の僕に興味津々で色々聞いてくる。
何故旅をしているのか、日本はどんな所か、仕事は何をしているのか、タイをどう思うか、家族の事について。僕らはお互いのつたない英語とボディーランゲージ、僕が持っていたスケッチブックに描いた絵を使って会話をした。

異国の地で、言葉も満足に通じない全くタイプの違う僕たちが時間を共にし、互いの人生の話をする。これは旅ならではの出来事で、旅の醍醐味だと思う。
誰かと出会うってことは衝突事故並みの確率で、必然と言わざるをえない偶然だ。
そんな事を考えていた。

一時間は経っただろうか、バスはまだ来ない。海外のバスの時刻表なんてあてにならないのだ。さすがに彼に悪いと思い後は一人で待つから大丈夫だと伝えると、ちょうどトゥクトゥク(バイクタクシーの様なもの)が一台やってきた。

ジブリのアニメから飛び出してきた様な風貌のかなりインパクトのあるおじさんが運転手だ。ぼろぼろの服にサングラスに髭、トゥクトゥクには何に使うのか分からない道具がいくつかぶら下げられていて、車体には派手なペイントがしてあり車内に花が飾ってある。

「ワットバンプラに行きたいんだろ?100BHTでどうだ?」
このままバスを待つよりもこのおじさんに乗せてもらった方がいいと思い、乗る事にした。

ここまで付き合ってくれた彼に礼を言う。
最後に何となく、なぜ初対面の僕にこんなに親切にしてくれたか質問した。
彼は少し困った顔をしてから答えた
「何故って、君が困っていたからだろ。」

僕らは握手を交わし、僕はトゥクトゥクに乗り込んだ。

トゥクトゥクはぼろぼろの車体を揺らしながら走っていく。
深いしわのある運転手の首もとを見つめながら、今日受けた親切とあの親切な彼の言葉を思い出していた。

僕は無条件に人に優しく出来ているだろうか?
僕の優しさなんて打算的なもので、彼のそれに比べたら純度の低い混ぜ物なんじゃないか?

じわじわと後ろから迫ってくる僕の得意のネガティブを振り切るように、トゥクトゥクはワットバンプラに向けてスピードを上げた。

続く














10/18/2015

タイと孤独と欲とポップス

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6時間のフライト、10時間のトランジット待ち、さらに1時間半のフライトを経てタイのバンコクに到着した。
東南アジア独特の熱気と匂いが外国に来た事を実感させる。

前回と同じくカオサン近くに宿を取った。一昔前までは貧乏旅行者が集まるバックパッカーの聖地だったこの場所も今では観光地化し、欧米からの家族連れやカップルの旅行者、現地の若者が集まる場所になっている。貧乏旅行者が集まり、熱気とカオスと少しの危険が入り交じる悪名高いかつてのカオサンの姿はもう無い。

しかし、それでも僕はカオサンが好きだ。もしかしたら何か起きるかもしれない、そう思わせられる雰囲気があるからだ。いつかのディカプリオみたくならない事は分かっているけれど。

一日、二日はタイで済ませる用事をこなしたり観光をして過ごした。
そしてやる事が無くなってしまってふとした時、孤独感が襲ってくる。

外に出れば欧米人達が楽しそうに騒いでいる。そんな中一人でいる自分。ベットに横になり汚い天井を眺める。望んでいた孤独は現実になった途端ただの苦痛に変わった。
僕は日本人宿を避けるタイプでは無いけれどこの時は、日本人に会って当たり障りのない会話をする気にもなれなかった。馴れ合いたくは無い、でも人恋しい。素面でいることが辛い。

カオサン通りの喧噪を聞きながら一人部屋にいる事に耐えられなくなった僕は、酒を飲みに外に出た。宿の近くの店でパッタイ(タイ風焼きそば)をつまみにビールを飲む。
酒に弱い僕は3杯も飲めば酔っぱらう。でもこの日の酒は寂しさを紛らわせてはくれなかった。

全てを忘れたくなった僕は、愚かな判断と分かっていつつもゴーゴーバーに行く事にした。ゴーゴーバー、それはある種タイの象徴だ。
ゴーゴーバーとは要するにストリップクラブの体をした風俗だ。

タクシーを捕まえてゴーゴーバーに行きたいと伝える。
初老の運転手がニヤつきながら首を縦に振った。車内ではタイのポップスだろうか?少なくとも僕の趣味ではない曲がタクシーらしからぬ音量でかかっていた。
「この曲は今タイで大ヒットしてる最高の曲なんだ!」
運転手は聞いてもいないのにまるで自分が作曲した曲かのように魅力を説明してくる。

タイ訛りの英語を聞き流しながら、僕は日本から遊び道具として持ってきていたシアリス(勃起薬)を2錠取り出して持っていたビールで流し込んだ。

15分もすると頭が重くなり、対称的に鼓動が早くなってきた。全身の血流が早くなっていく。通常の二倍の量を飲んだ上に酒とのちゃんぽん、当然だ。

少し後悔し始めた頃、車が止まった。
「さぁ着いたぞ、ここがソイカウボーイだ!しっかり楽しめよ。」
運転手がニヤつきながら言ってくる。何も答えずに車を降りた。



ソイカウボーイはBTSアソーク駅近くの一角で、数店のゴーゴーバーが軒を連ねるエリアだ。蛍光に光るピンクのネオンと通りに溢れる派手な格好の娼婦達が非現実観を演出する。ネオンが娼婦を集めそれに男が群がる。欲望渦巻く夢の場所。クソの掃き溜め。

僕はゆっくり歩き出した。次から次に客引きに声をかけられる。店の中から聞こえてくるEDMが鼓動の加速を手助けしてくる。

特に目当ての店も無かったので、一番大きな店に入った。
その店は有名店らしく、平日にも関わらず店内は人で溢れ帰っていた。
中央にステージがあり、その上で数十人の女がほぼ裸で音に合わせてけだるそうに体を揺らしている。上を見上げると天井がガラス張りになっていて上の階でも女が踊っている。
客席はステージを取り囲むように設置されていて、少しでもいい女を選ぼうと男達が真剣な目でステージを見つめている。僕と同類のしょうもない奴らだ。
ゴーゴーバーのシステムは、酒を注文して席に着きステージで踊る女を見る。もし気に入った子がいれば胸に着けている番号札の番号を店員に伝えると女が隣にやってきて一緒に飲む、後は交渉次第だ。

僕は席に着きぼーっとステージを見ていた。
「ねぇ、一杯飲ませてよ。」
一人の女が声をかけてきた。不自然に整った顔に痩せた体、金髪のショートヘアに耳はピアスだらけ、腕には数個のタトゥーが入っている。

「あぁ、いいよ。」
別に誰だって良かったし、店内でも浮いている目立つ雰囲気のこの女が今日の僕にはおあつらえ向きだと思った。酒を注文し乾杯する。女はテキーラを飲んだ。

「あたしとファックしたい?2000BHTでいいよ。」
自己紹介も無くいきなりの交渉が始まった。早くなっている鼓動とは裏腹に僕の思考は落ち着いていた。というよりも完全に萎えていた。
なんでかは分からない。もう帰ろうか?いや、今帰ったって仕方が無い。

僕はこの女を連れ出す事にした。二人で店を出て近くのホテルに向かう。
部屋代を払い部屋に入る、広い部屋にキングサイズのベット、きれいな部屋なのに普段売春に使われているからだろう、独特の不潔感を感じる。

窓からはソイカウボーイを見下ろす事が出来た。縦に長く蛇行しているソイカウボーイは上から見ると毒を持つ巨大な芋虫に見えた。

一人でシャワーを浴びた。鏡を見ると、これから女を抱くとは思えない沈んだ顔の男がこっちを見ている。
部屋に戻ると女がベットの上で手招きしている。
もうなんだっていい。どれだけ心が沈んでいようが、刺激されれば反応してしまう。
女の見た目に反して行為は教科書どうりの順序で進み、クライマックスに向かった。

毛の無い陰部に蝶のタトゥーが彫ってある。僕が動くたびに蝶がかすかに羽を揺らす。
気色の悪い毒芋虫は奇麗なアゲハ蝶に化けた。

「ごめん、もう無理だわ。」
僕は行為を途中で辞めた。頭痛がする。こめかみに血が流れているのを感じてしまうくらいに僕の血流は早くなっていた。これ以上興奮を保つのは不可能だ。

「疲れた?あと1000BHT払ってくれたら朝まで付き合うよ。家に帰ればヤーバーアイスもあるし。」
女がぎらついた目でこっちを見ている。ソイカウボーイの蝶は花より金が好きらしい。
これ以上ここでこの女とはいれない。例え朝までいたとしても、何かを失う事こそあれど心が満たされることは確実に無いだろう。

僕はシャワーも浴びずに服を来て、逃げるように部屋を出た。
早くソイカウボーイを離れたくて早足で歩いた。来た時は興奮を誘ったネオンも女達も音楽も、今は僕を不快にさせる。

タクシーを捕まえ、いつもはする値段交渉もなしにカオサンへ行ってくれと伝えた。無愛想な運転手が頷き、車は走り出した。

頭の中で自己否定の言葉が駆け巡る。
わざわざ海外まで来て何をしているんだ?たった一人で。金を払わなきゃ女も抱けないしみったれが。周りは進んでいるのに僕は同じところを行ったり来たり。
今まで誰かを本当に愛した事も愛された事も無いじゃないか。
孤独な旅人を気取る1人ぼっちの色情狂。
金で買うセックスは自尊心を傷つけ、愛のないセックスは虚しさを連れてくる。

車窓から眺める夜のバンコク。知り合いはいない。今夜はどうあがいたって、この空虚と孤独と過ごすしか無いらしい。

カーステレオからラジオが流れている。DJが曲を紹介する。
またこの曲か、、くる時に車内で流れていたあの曲がまたかかった。

雨が降ってきた。フロントガラスを雨が打ち、規則的に動くワイパーの向こうにバンコクの夜の喧噪が見える。ラジオから流れるあの曲が妙にセンチメンタルな気分を誘う。
くる時は何も感じなかったのに。

僕はあのタクシー運転手の言葉を思い出していた。
「ある女が何年も片思いしていた男とやっと付き合える事になったんだ。でもその男はすぐに死んでしまう。それでも女は男を愛し続ける、これはそんな歌だ。最高だろ?」

僕はイヤホンを耳にはめて目を閉じた。




































10/14/2015

終わりの始まり

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2015年8月25日、僕はバックパックを背負って一人空港にいた。

僕は空港が好きだ。大きな荷物を持って行き交う人々、電光掲示板に映っている世界の都市の名前、両替所、チェックインカウンター、見送る人、出迎える人、飛び交う世界の様々な言語、全てが、僕は自由でどこにでも行けると思わせてくれるからだ。

でもこの日は少し違った。
数ヶ月前、日常に行き詰まった僕は数年間夢見ていた長期の海外生活と放浪を実行する事にした。渡航費を稼ぐために工場で働き、ストレスと疲れを酒でごまかしながら寮暮らしの狭い部屋で出発を夢見ていた。

半年この生活に耐えれば僕は自由で、世界を巡る旅人になれる。
気が狂いそうになるほど変わらない日常の中でそれだけが希望だった。

そしてこの日、あんなに楽しみにしていた旅が始まるのに僕は素直に喜べなかった。
遠くに見えていたはずの希望が目の前で現実になったとたん、今まで見ないようにしていた不安や後ろめたさ、孤独感、途方もない自由の重さがのしかかってきていた。
僕が旅に出る事を否定してきた人達の現実的な言葉が頭の中でループする。
大好きだった空港も今は真っ暗な穴の入り口だ。

昨日までは理想を追いかけるタフな旅人だったはずの自分は、才能も金も女も将来もない、無いものだらけの1人ぼっちになっていた。

どうするべきか迷った、どっちにしたって旅に出る意外に今の僕に選択肢は無いのに。

搭乗時間が来た。
重い足を引きずって出発ゲートをくぐり、席についてすぐにビールを飲んだ。
こんな事を考えているくらいなら酔って寝てしまった方がましだ。
すぐ近くの席ではしゃいでいる夏休みの学生達にイラつきながらビールを流し込んだ。

幸いすぐに寝る事が出来て目が覚めると飛行機は遥か雲の上。

長い一日が終わって、旅の終わりが始まった。
















10/09/2015

今日から僕は

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ブロガーになりました。
ページ作成に協力してくれた友達ありがとう!

このブログは自称旅人でアーティストの僕の旅の記録であり、情報発信の場であり、起こった出来事、思った事、創作文、回想録等を自由にありのままに書いていく『解放区』です。

所謂よくある一般人の自己満足の日記ブログですが、その分赤裸々に、出来るだけ『自分』のままで書いていきたいと思います。

よろしくお願いします。

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