Featured Posts
Sports
Games
7/09/2016
回想〜What ACID taught me.〜
写真がなくてここ数ヶ月のブログが書けないから、また数年前の回想を書こうと思う。
僕がまだ20代前半だった頃、初めて体験したLSDは僕の価値観をぶち壊し、それまでに受けてきた全ての教育を軽く上回る教えを与えてくれた。
今にして思えばアレは起こるべくして起こった出来事で、体験するべき事だったんだと思う。
僕は当時アンダーグラウンドのカルチャーやビート文学、ヒッピーカルチャーに夢中で、好奇心の塊だった。
中でもマリファナやLSDを含む向精神薬の体験談、その効用に関する物には敏感で本屋でそれらしい物を見つければすぐに買って読んでいたし、そういう世界に精通している先輩の話を聞くのが本当に楽しくて会う度にせがんでは話してもらっていた。
何故そんなに惹かれたのかは分からない、ただ新しい世界が見たかったんだと思う。
本に書かれている体験談は僕が学校で習ったドラッグに関するそれとは全然違う物だったし、彼らが綴る心の旅はハードで刺激的で、興奮と驚き、喜びに満ちた物だった。
何とかして僕も自分で体験してみたい、作家達の文章から想像していたソレを自分の体で、心で体験してみたい、そう思った僕は先輩に頼み込んで機会を設けてもらった。
リスクよりも好奇心が勝っていたんだ。
機会は突然やって来た。
先輩と二人、郊外の集合住宅の一室でLSDをやる事になった。
小さな紙片、こんな物で本当に本に書かれていた様な世界が見れるのか?そう思った。
緊張しながら口に含んだのをよく覚えている。
口の中で紙片が溶けてから30分後、ソレは突然やってきた。
明らかに素面の時とも、マリファナを吸った時とも違う感覚。体がソワソワして奥歯がガタガタ言っている。自分の周りの空気が揺れているように感じた。見慣れた先輩の顔が初めて見る人のように感じる、ちょっとした事があまりにおかしくて腹がよじれそうになる。壁に飾ってある絵を見つめると、絵の中に描かれている目が、僕を見ていた。確かに、意思を持った強い視線で僕を見つめていた。今までずっと流れていたはずの音楽も急に生命が宿ったかの様に立体的になった。音楽は立体だったのだ。スピーカーから流れる歌声が、螺旋状に旋回しながら部屋を回り僕の耳に届く、まるで耳元で歌われているかの様にクリアで、感情のこもった歌は僕の心に届きギターの弦を弾く様に琴線に触れる。何度も聞いていた曲が、まるで別の曲に聞こえる。一体今までどれだけの音を聞き逃してきたんだろう?歌詞や音に合わせて僕の感情は波打ち、それに合わせて目の前のビジョン、部屋の景色が鼓動を打つように揺れる。思考は高速回転していて、なにかきっかけを見つけて考えだしてしまえば、無限に連れて行かれる。どこまで行っても何処にもたどり着かず、ただからっぽで、これ以上いったら脳みそが弾けてしまうんじゃないかと思った。
すこし落ち着いた僕らは、外に散歩に出かけることにした。部屋を出て階段を下る。壁の汚れやシミが、うねうねと動いている。外に出ると、何度も来ているこの場所がまるで初めて来た場所の様に感じられる。遠くを走る車の音が、異様に鮮明に聞こえる。僕らは家の近くの川まで歩き、川辺に寝そべった。地面に寝そべると、体が溶けて地面に染み込んで行く感覚を感じた。呼吸をする事が心地よく感じた。空には満月が光っていて、星が煌めき、まるで僕に話しかけている様に感じる。二人で空を見つめながら話している時、今までに感じた事の無い安心感を感じた。よく言われる全てとの一体感、全ては一つだったというやつだ。僕が話す言葉の一つ一つが、世界を形作っている、僕の一挙手一投足が、世界の裏で起こる出来事に完全に直結している、僕が笑う事が、世界のどこかで誰かが愛し合う事の引き金になっている。
不完全で、どうしようもなく、ちっぽけな僕の存在が、この広大で美しい世界を形作る重要なピースで、初めからそうであり、恐れる事は何もなかった。世界は完璧で、僕は完全だった。一緒にいた先輩に、感謝と愛を感じた。僕がここにこうやって僕としていられるのは、あなたがそこでそうやって存在していてくれるおかげだよ。そう思った。
月はさっきよりも鮮やかに光り、携帯のスピーカーからブルーハーツが流れた。ヒロトの声は魂を揺さぶる。シンプルな歌詞は本質を捉えていた。気づくと僕は泣いていた。
涙を流したのは何年ぶりだろうか?目から次々に涙が溢れ、この奇跡に感動していた。これが真実だ、今まで自分は錯覚していたのだ。そう思った。
時間は体感の倍以上のスピードで流れ、気づくと東の空から太陽が昇って来ていた。空が徐々に赤く染まり、新しい一日が始まる。僕の心は、まっさらだった。生まれ変わったかの様に。否、世界そのものが新しく生まれ変わったのだ。誰かに、何かに話しかけたくなった。この世界を僕と一緒に形作っているかけがいのない、友人達に。
家に戻ることにし歩き出すと、広場で近所のおばさん達が体操をしているのを見つけた。
「おはようございます。」僕らが挨拶すると、おばさん達も笑顔で挨拶してくれた。
「あんたたちもやってく?」体操に誘われた僕らは、輪に加わった。気持ちがよかった。澄んだ空気の中、体を動かす。おばさん達も予期せぬ新メンバーの僕らがおかしかったのか笑顔で、すごくピースな雰囲気だった。世界中の人に感謝を伝えたいくらいに、僕は世界と自分の存在に感謝していたし、とにかく、興奮していた。
部屋に戻って、ハイボールを作って飲んだ。ソーダがグラスの中で泡立ち、気泡が弾けるのがしっかりと見える。トリップの影響で体は疲れていたが、心地のいい疲労感だった。
この日から僕は変わった。現実を見る目が変わり、目に見えない物を信じる様になった。今まで一切興味の無かった精神世界や宗教に興味を持ち、何より芸術が好きになった。優れた芸術家は、誰しも、あの領域に、あの認識に立っているんじゃないか、本人に自覚がなくとも、優れた作品は真理に触れているんじゃないか、そう思う様になった。
僕の人生はこの日から完全に変わった。スピリチュアルに傾倒する様になり、あの世界、認識を夢見るようになった。当然、体験はいつまでも続かず次第にいつもの僕に戻っていき、またいつもの毎日が始まったが、同時に僕の中で探求の道が始まった。以前に増して心を観察する様になり、それは時に有益で、時に苦しみを運んできた。
そして馬鹿らしい事にソレは今現在まで続いていて、僕はこの出口の見えない迷路の中を手探りで進んでいる。
全くの勘違いなのかも知れない、ただの幻覚で、僕は中二病で、端からみたらヤバいのかも知れない。それでも信じてしまう、いつかたどり着ける事を、否、何処にも行かずとも今ここで完璧だと気づける事を。
僕がまだ20代前半だった頃、初めて体験したLSDは僕の価値観をぶち壊し、それまでに受けてきた全ての教育を軽く上回る教えを与えてくれた。
今にして思えばアレは起こるべくして起こった出来事で、体験するべき事だったんだと思う。
僕は当時アンダーグラウンドのカルチャーやビート文学、ヒッピーカルチャーに夢中で、好奇心の塊だった。
中でもマリファナやLSDを含む向精神薬の体験談、その効用に関する物には敏感で本屋でそれらしい物を見つければすぐに買って読んでいたし、そういう世界に精通している先輩の話を聞くのが本当に楽しくて会う度にせがんでは話してもらっていた。
何故そんなに惹かれたのかは分からない、ただ新しい世界が見たかったんだと思う。
本に書かれている体験談は僕が学校で習ったドラッグに関するそれとは全然違う物だったし、彼らが綴る心の旅はハードで刺激的で、興奮と驚き、喜びに満ちた物だった。
何とかして僕も自分で体験してみたい、作家達の文章から想像していたソレを自分の体で、心で体験してみたい、そう思った僕は先輩に頼み込んで機会を設けてもらった。
リスクよりも好奇心が勝っていたんだ。
機会は突然やって来た。
先輩と二人、郊外の集合住宅の一室でLSDをやる事になった。
小さな紙片、こんな物で本当に本に書かれていた様な世界が見れるのか?そう思った。
緊張しながら口に含んだのをよく覚えている。
口の中で紙片が溶けてから30分後、ソレは突然やってきた。
明らかに素面の時とも、マリファナを吸った時とも違う感覚。体がソワソワして奥歯がガタガタ言っている。自分の周りの空気が揺れているように感じた。見慣れた先輩の顔が初めて見る人のように感じる、ちょっとした事があまりにおかしくて腹がよじれそうになる。壁に飾ってある絵を見つめると、絵の中に描かれている目が、僕を見ていた。確かに、意思を持った強い視線で僕を見つめていた。今までずっと流れていたはずの音楽も急に生命が宿ったかの様に立体的になった。音楽は立体だったのだ。スピーカーから流れる歌声が、螺旋状に旋回しながら部屋を回り僕の耳に届く、まるで耳元で歌われているかの様にクリアで、感情のこもった歌は僕の心に届きギターの弦を弾く様に琴線に触れる。何度も聞いていた曲が、まるで別の曲に聞こえる。一体今までどれだけの音を聞き逃してきたんだろう?歌詞や音に合わせて僕の感情は波打ち、それに合わせて目の前のビジョン、部屋の景色が鼓動を打つように揺れる。思考は高速回転していて、なにかきっかけを見つけて考えだしてしまえば、無限に連れて行かれる。どこまで行っても何処にもたどり着かず、ただからっぽで、これ以上いったら脳みそが弾けてしまうんじゃないかと思った。
すこし落ち着いた僕らは、外に散歩に出かけることにした。部屋を出て階段を下る。壁の汚れやシミが、うねうねと動いている。外に出ると、何度も来ているこの場所がまるで初めて来た場所の様に感じられる。遠くを走る車の音が、異様に鮮明に聞こえる。僕らは家の近くの川まで歩き、川辺に寝そべった。地面に寝そべると、体が溶けて地面に染み込んで行く感覚を感じた。呼吸をする事が心地よく感じた。空には満月が光っていて、星が煌めき、まるで僕に話しかけている様に感じる。二人で空を見つめながら話している時、今までに感じた事の無い安心感を感じた。よく言われる全てとの一体感、全ては一つだったというやつだ。僕が話す言葉の一つ一つが、世界を形作っている、僕の一挙手一投足が、世界の裏で起こる出来事に完全に直結している、僕が笑う事が、世界のどこかで誰かが愛し合う事の引き金になっている。
不完全で、どうしようもなく、ちっぽけな僕の存在が、この広大で美しい世界を形作る重要なピースで、初めからそうであり、恐れる事は何もなかった。世界は完璧で、僕は完全だった。一緒にいた先輩に、感謝と愛を感じた。僕がここにこうやって僕としていられるのは、あなたがそこでそうやって存在していてくれるおかげだよ。そう思った。
月はさっきよりも鮮やかに光り、携帯のスピーカーからブルーハーツが流れた。ヒロトの声は魂を揺さぶる。シンプルな歌詞は本質を捉えていた。気づくと僕は泣いていた。
涙を流したのは何年ぶりだろうか?目から次々に涙が溢れ、この奇跡に感動していた。これが真実だ、今まで自分は錯覚していたのだ。そう思った。
時間は体感の倍以上のスピードで流れ、気づくと東の空から太陽が昇って来ていた。空が徐々に赤く染まり、新しい一日が始まる。僕の心は、まっさらだった。生まれ変わったかの様に。否、世界そのものが新しく生まれ変わったのだ。誰かに、何かに話しかけたくなった。この世界を僕と一緒に形作っているかけがいのない、友人達に。
家に戻ることにし歩き出すと、広場で近所のおばさん達が体操をしているのを見つけた。
「おはようございます。」僕らが挨拶すると、おばさん達も笑顔で挨拶してくれた。
「あんたたちもやってく?」体操に誘われた僕らは、輪に加わった。気持ちがよかった。澄んだ空気の中、体を動かす。おばさん達も予期せぬ新メンバーの僕らがおかしかったのか笑顔で、すごくピースな雰囲気だった。世界中の人に感謝を伝えたいくらいに、僕は世界と自分の存在に感謝していたし、とにかく、興奮していた。
部屋に戻って、ハイボールを作って飲んだ。ソーダがグラスの中で泡立ち、気泡が弾けるのがしっかりと見える。トリップの影響で体は疲れていたが、心地のいい疲労感だった。
この日から僕は変わった。現実を見る目が変わり、目に見えない物を信じる様になった。今まで一切興味の無かった精神世界や宗教に興味を持ち、何より芸術が好きになった。優れた芸術家は、誰しも、あの領域に、あの認識に立っているんじゃないか、本人に自覚がなくとも、優れた作品は真理に触れているんじゃないか、そう思う様になった。
僕の人生はこの日から完全に変わった。スピリチュアルに傾倒する様になり、あの世界、認識を夢見るようになった。当然、体験はいつまでも続かず次第にいつもの僕に戻っていき、またいつもの毎日が始まったが、同時に僕の中で探求の道が始まった。以前に増して心を観察する様になり、それは時に有益で、時に苦しみを運んできた。
そして馬鹿らしい事にソレは今現在まで続いていて、僕はこの出口の見えない迷路の中を手探りで進んでいる。
全くの勘違いなのかも知れない、ただの幻覚で、僕は中二病で、端からみたらヤバいのかも知れない。それでも信じてしまう、いつかたどり着ける事を、否、何処にも行かずとも今ここで完璧だと気づける事を。
7/07/2016
僕が死のうと思ったのは amazarashi
最近amazarashiというバンドを知った。ボーカルで作詞、作曲を手がけている秋田ひろむの詩の世界観にヤラレタ。本当に優れた表現であれば表現方法はシンプルでも複雑でも、本質に届くんだなと思った。
”満たされないと泣いているのは、きっと満たされたいと願うから”
”満たされないと泣いているのは、きっと満たされたいと願うから”
どうしたらいいかわからん
僕は今真っ白なシェアハウスに住んでいる。床はグレーのタイル張りで、便利なシステムキッチン付き、ベランダは椅子を五個も置けるぐらいに広くて駐車場は自動開閉機能付きだ。僕ら日本人以外の住人達は皆韓国人で、控えめで優しく、この家での生活は静かで、便利で、淡々としており、絶望的に退屈だ。
二週間程前に、ほとんど金が無い状態でこの街に辿り着いた。十分な金が稼げないバンダバーグに見切りをつけ、仕事を求めて北に向かうロードトリップを始めた僕らは、主要な街で仕事があるか聞いて回りながら北上した。今年は作物の出来が悪く、冬が迫っている事も在り、仕事は簡単には見つけられなかった。仕方なしに北上を続け、三週間もノーザンテリトリーを放浪し、結局東海岸に戻って来てしまった。旅をしている時は、現実に起こる出来事も僕の精神面もアップダウンが激しかった。感動、落胆、歓喜、自己嫌悪、活力、怠惰、一切景色が変わらないアウトバックを走っている時でさえ、頭の中だけはジェットコースターの様な状態だった。
何より忘れがたいのは、旅の最初に行ったブッシュパーティーで、過去最高に実在そのものである事を経験した事、全てはただ起きている、という事実を一切の思考を介さずに受け入れる体験をした事だ。それは本当に、空であり、諸行無常であり、今ここにある事であり、完璧で、無限で、一切の意味が無く、幾重にも重なった錯覚の最下層、根源、0、創造の最先端、僕が目指していた認識のある場所だった。目の前に展開する非現実空間の中で、僕は追い求めていた経験と、また新たに僕を縛り付ける事になる観念を手に入れた。中身は悲しくなるぐらいに空っぽだ。そしていつものごとく、夜が空けてしまえば感動と興奮は過ぎ去り、現実に対する不思議な感覚、まるで嘘みたいな、、そんな感覚だけが残った。
その後の旅はかなり刺激的だった。まともな食事が出来ない事、シャワーを浴びれない事、毎日テントを張り地面で寝る事、何処までも続く道、広大な空、雄大な自然、人に助けられ、騙され、嘘をついたり、禁欲的であったり、逃げ出したり、とにかくごちゃごちゃだった。ガンジャはいつも向こうから僕に寄ってきた。三週間以上を僕は600ドル弱の金額で生活した。甘ったれた僕の人生の中では、上出来だ。自分が狡猾さを智慧と勘違いしていた事を知った。孤独を欲しがりながら、猛烈に孤独を恐れていた。
仕事を選んでいる余裕が無くなった僕らは、この街に来て仕事を手に入れた。何の面白みも無い上に、発展性も無いだろう農場仕事だ。ここで生活しながら、一度立ち止まって体勢を整えよう、と思っていた矢先、僕の全てのデータを管理していたハードディスクが壊れた。音楽も、写真も、文章も、今まで積み上げて来た物が、僕を僕たらしめていた物が、一瞬で無くなった。あぁ、終わったと思った。写真が無ければブログが書けない。今までさぼっていたせいで半年も遅れていた僕のブログだが、残念な事に書きたい記事がまだかなりあった。同時にもう半分の僕は、落ち込んでは居ない。むしろ良かったとさえ思っている。0になったじゃないか、ほらもうどうしようもなく、何も無いじゃないか。あるのは僕と、退屈な生活。最高にシンプル!よかった!
リラックス出来ない原因は何だろうか、このいつも心の中にある感覚、はっきりとした身体感覚だ。胸の内側を手掴みで握られているみたいな。リリーが僕と話しづらそうなのはきっとこいつのせいで、そもそも僕のパッとしない生活全部がこいつのせいだ。どうにかしたい。精神の革命でも神からの啓示でも、イカレてしまう事でも、グルに導かれるでも、アセンションでも、悟りでも非二元でも、方向はどうあれ強い軸、サイケトランスのベース音みたく太っとくて弾力のあるのが必要だ。本を読んで少し気分が上がったり、希望を抱いたりしてもどうせすぐ冷めて、いつものループを繰り返すハメになる。情熱とか歓喜とか無我夢中とかそういう所に、浸りきりたい。オーストラリアに来て10ヶ月が経過した僕は今までどおり怠惰で、気分屋で、言いようの無い不安と罪悪感をたまに見える希望で押さえ込んでいる。
とにかく今、どうすればいいのか、どう在ればいいのか分からず、毎日なんとか思考から離れる事に必死になってる。
6/15/2016
5/25/2016
タスマニアへ〜やっぱりメリージェーン様々〜
2015年、12月3日朝、僕はゴールドコースト空港に居た。空港内のカフェでコーヒーをすすりながら、飛行機を待っていた。僕の目の前ではカズキがサンドウィッチをほうばっている。
「あ~、ゴールドコースト離れるのさみしいなぁ~。」
もう朝から数回、カズキは同じフレーズを言っている。カズキはゴールドコーストでの職場の同僚で、歳は僕より一つ下、最初に会ったときは苦手なタイプだと思ったのに気づけばツルむようになって、何故か一緒に移動する事になった。僕とは全然タイプの違う、所謂リア充と言われる様な奴だと思っていたが、付き合ううちに意外に暗い部分や生真面目な部分が見えて来て、僕と似ていると思う所もあった。
二年目のビザを取得する為に僕はどこかで一定期間、農場仕事をする必要があって、何となくの直感でタスマニア行きを決めるとカズキも一緒に行くと言い出した。一人の身軽さと、誰かといる楽しさを天秤にかけ、一緒に移動する事にした。カズキは半年以上この街に住んでいるから離れる寂しさもそれなりだったらしい。
飛行機はシドニー経由でタスマニアまで計7時間の旅で、空の上からオーストラリア大陸を見下ろすと、日本を出てここにやって来た時の不安や期待を思い出した。次に行くタスマニアはオーストラリアの南東に位置する島で、自然が多く、この時期になるとチェリーのピッキングが盛んになり、かなり稼げると言われるチェリーピッキングの仕事を求めてオーストラリア各地からワーホリメーカーが集まる。どうせならば稼ぎたい、行き先をタスマニアに決めた理由の一つだった。
経由のシドニーにはすぐに到着した。一度荷物を受け取り、預け直し、手持ちの荷物検査を受けて出発ゲートに入って行く。先にチェックを済ませた僕はトイレに行き、後から来るカズキを待っていた。しばらく待っても来なかったので、引き返してみて見ると、カズキが係員と話している。どうやら何かがチェックに引っかかったらしい。近づいてカズキに事情を聞くと、鞄の中にグラインダーが入っていて、中に少しだけガンジャが残っていたらしい。カズキは狼狽えていて、見逃してもらおうと係員に必死に話している。人間は本当に慌てるとあんなに目が泳ぐんだなぁ、なんて思うと同時にマズい事になった、と思った。逮捕される事は無いにせよ罰金は払わされるし予定の飛行機には乗れなくなる、それにお互いそんなに金を持っていないから今罰金を払ったらほとんど残らなくなってしまう。そもそも新品じゃないグラインダーを鞄に入れてくるなんて考えられないミスだ。先が思いやられると思った。僕は僕で昨日、仲間との別れを惜しみながらかなりハイになっていたせいで体が少しだるく、頭もぼーっとしていた。思考する事をあきらめ、事の顛末を見守っていると無事にカズキが出て来た。今回は注意で済み、回収されたかと思ったグラインダーも返してくれたらしい。オーストラリアは寛大な国だ。
無事に乗り換えを済ませ、空の上を数時間、タスマニア島が見えて来た。上空から見るタスマニアは、島のほとんどが緑に見えた。自然が多い、というよりほとんど自然なんじゃないかと思わせられるくらいだ。街も見えるが本当に小さく、何の情報も持っていなかった僕は仕事が見つかるかどうか、そもそもここでやっていけるのかどうか、なんてくだらない心配をしながら徐々に近づいてくるタスマニアの大地を眺めていた。
夕方五時、飛行機は無事に着陸して、僕はタスマニアに到着した。着いた瞬間に、壮大な自然の風景と、空気の奇麗さに驚いた。空が近く雲が立体的で、心地いい風が吹き、気温も丁度よかった。僕が着いたのはローンセストンという街で、空港までは友達のエリカが迎えに来てくれた。エリカはゴールドコーストで少しだけ同じシェアハウスに住んだことがあり、歳が同じせいか何かと僕を気にかけてくれる。真面目で、どちらかと言えば地味だが酒を飲むと人が変わり、普段抑えているストレスをぶちまける、振り幅の激しい子だった。
「エソン君、何か雰囲気変わったね?」
少し怪訝そうな顔つきで、第一声でそう言われた。僕は変わったんだろうか?エリカと会ったのはオーストラリアに来たばかりの頃だし、それから僕もレイブを知ったり、ろくでもない生活をしてみたり、自信をつけたり落ち込んだり、それなりに色々あった分、彼女が知る頃とは違っているのかもしれない。久々の再会のせいか会話もぎこちなくなってしまい、気まずい空気が流れた。車内は僕らとエリカ、エリカの友達二人で、五人もいれば会話も盛り上がるかと思えば、そんなことはなく、何となく気まずい空気で頻繁に沈黙が訪れた。
窓の外の景色も、僕の心をフワつかせた。ひたすらに続く一本道、辺り一面自然だらけで、建物はほとんど見ない。今日の朝まで居た観光地から一転、ここはど田舎だ。本当にこんな所で仕事を見つけてやって行けるのか?急な環境の変化と不安、車内の落ち着かない空気で、体調が悪くなって来ている気がした。カズキは、さっきから全く口を開かず、窓の外をぼーっと見つめていた。
空気を変えようと窓を開けると、急な風で僕のお気に入りの帽子が飛ばされて行った。後ろに飛ばされる帽子を見ながら、「今までの生活は忘れて、ここで新しい生活をして行くんだ。」そう言われている気がした。
空港から一時間、僕らはデボンポートという街に到着した。デボンポートはタスマニアの北に位置する街で、まだ完全にシーズンが来ていないタスマニアで、北のほうは仕事があるという話を聞きこの街を選んだ。デボンポートは小さいが奇麗な港町で、魔女の宅急便の街にそっくりの雰囲気だ。勾配が激しく、高台に上ると奇麗な景色が見れる。港にはメルボルン行きの大きなフェリーが止まっていて、否応にも外国に来ている事を感じさせられた。
この街でのステイ先は、有名なバッパー(バックパッカーズ、ドミトリータイプの宿泊施設で、仕事の斡旋もしてくれる。)を選んだ。仕事も斡旋してくれるし、多国籍の人間がいる環境のほうが刺激が多いと思ったからだ。
町中を抜けて走る事五分、バッパーに到着した。もう日は落ちかけていた。バッパーは真っ白の外装が古い病院の様な雰囲気で、敷地は広く庭があり、悪く無いと思った。
中に入ると、夕飯時だったせいで混雑していて、そこら中から色んな国の言語が飛び交っている、英語、スパニッシュ、フレンチ、イタリアン、韓国、日本。
ゴールドコーストで日本人ばかりとつるんでいた僕が空気に飲まれるのは当然だった。ずっと続いている心のフワつきも、勢いをました。ここで上手くやって行かないといけない、そう思う程に憂鬱になっていった。カズキが同じ様に感じているのも、顔を見れば明らかだった。部屋に案内してもらい荷物を置いて一息つくと、一気に疲労がやって来た。狭い二人部屋、ベランダに出ると、僕らのテンションとは裏腹に夕焼けが最高に奇麗だった。
夕食を済ませると、カズキはすぐに部屋に戻っていった。僕は今後の生活の為に、とりあえず日本人と話して輪に入ろうとしたが、気が合いそうな奴がおらず、外人と話しても英語が上手く出てこず、諦めて部屋に戻った。
ベッドに入って、カズキと心のフワつきをなんとかしようと今日感じた不安や不満、愚痴を言いまくった。話も盛り上がってくると、素面じゃ居られなくなって来た。でも今は何も持っていないし、酒屋も閉まっている。諦めて寝ようとすると、カズキが思い出した様に鞄をあさりだした。あ!あった!そう言ってカズキは空港で没収されかけたグラインダーを取り出した。中には、少しだけガンジャが入っていた。
二人で喜ぶと、すぐにジョイントを巻いて火を着けた。心のフワつきが落ち着き、冷静に思考出来る様になった。ここに繋がっていたのか。
僕らはこれからタスマニアで生活して行く。そして多分、今からの生活が本当の意味での海外生活だ、そんな事を話した。
ベッドに入ると、一気に眠気に教われた。今日はとにかく、長い一日だった。
そしてやはり、メリージェーン様々だった。
5/23/2016
回想〜10年前,TBHRと路上とカトマンズ〜
そんな僕は、音楽に関しても周りの奴が聞いていないモノが聞きたくて、日々ネットでマイナーかつ自分の趣味に合うジャンルやアーティストを探していた。当時はダンスホールレゲエが全盛で、僕の周りもレゲエを聞き、中にはdeejayを始めたりsoundを組んだりする奴もいた。僕は僕でレゲエも聞いていたけど、HIPHOPが好きで、洋、邦問わず色々と聞いていた。そんなある日、ネットであるアーティストを見つけた。
『THA BLUE HERB』
最初はブルーハーツのパクリみたいな奴らかと思ったが、よく調べてみると、それが1MC,1DJのhiphopグループである事、アンダーグラウンドで絶大な人気を誇っている事、あのDJ KRUSHがフックアップし、人気が出た事が分かった。僕は興味を持ちすぐにネットでCDを購入した。何日かしてCDが届き、封を開け、コンポにCDをセットして1曲目が流れた。気づけば僕はこのアーティストに夢中になっていた。今まで聞いた事のある日本語ラップとは一線を画すトラックとラップのスタイル、北海道在住のBOSS(TBHRのMC)が荒々しくラップする執拗なまでの自画自賛とその入り組んだ表現、シーンのメインである東京に対する攻撃的な姿勢、そのどれもが新鮮で、刺激的だった。CDを買った直後一ヶ月くらいは、学校が終わって家に帰って、部屋の電気を消してTBHRを聞く事が僕の生活の中心になるくらいにハマっていた。それまで聞いていた、メインストリームのヒップホップが偽物なんじゃないかと思ってしまう程に、僕はTBHRに魅了されていた。
そんな中でもある一曲に僕は心奪われた。2ndアルバムに収録されている『路上』という曲だ。この曲は、ラップというよりは詩の朗読で、おどろおどろしいトラックの上で6分強BOSSがある創作ストーリーを語る。舞台はネパールの首都、カトマンズ。あるドラッグディーラーの日常と葛藤、そこからの逃避を描いたストーリーで、これに僕はとにかくぶっ飛ばされた。詩がこんなにも格好いいものなのだと知った。優れた比喩表現は美しいモノなんだと分かった。そして意味が分からない言葉が次々に出て来て、僕の好奇心を刺激した。
ガンジャ、マオリストの活動家、カルマ、タイパウダー、マッシュルーム、知らない言葉はネットで意味を調べ、何度も繰り返して聞いた。
僕の脳内で、見た事も無いカトマンズの街が現れ、娼婦が咳き込み、ドラッグディーラーがドラッグを捌いた。僕はこの曲をきっかけにアジアの国々に興味を持ち、同時に文学にハマった。いつかカトマンズに行って、この目で街を見る。そう思った。
そして、2014年、僕はカトマンズに行く事になった。当時アジアを回っていた友人がネパールに入るタイミングで、僕も合流し、カトマンズで過ごす事になったからだ。
カトマンズの空港に着いたのは夜で、バイクタクシーに乗り街の中心にある友人が待つホステルに向かった。初めてこの目で見たカトマンズの街は、高校生のころ僕が脳内でイメージしていたとおりに暗くて汚く、埃っぽくて、危険な匂いが漂っていた。
あの曲で知ったガンジャを吸って、あの曲を聴いた。僕の小さな夢が一つ叶った。本物の街の空気を感じながら聞く「路上」はよりリアリティーを増し、この街のどこかにカルマに追われるドラッグディーラーが本当に居るんじゃないかと思わせられた。
もしもカルマなんてのが在るんだとすれば、僕のカルマの一つは、あの日あの時、「路上」を聞いてしまった事、な気がする。
Subscribe to:
Posts
(
Atom
)






