12/22/2015

LOST IN WONDER LAND 2

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山の中で重低音が鳴り響いている。
諦めかけた矢先、僕らはどうやらたどり着いたらしい。マサと握手を交わし、会場に無事たどり着いた事を喜び合った。不安と恐怖を感じ、諦めようとした時に目的の場所が目の前に現れた。

音を頼りに狭い山道を奥に進んで行く。前方に数台の車が並んでいる。どうやら受付みたいだ。
白人の女が客から金を受け取り手首にリストバンドをつけてやっている。
リストバンドが代金を払った証みたいだ。
一人80ドルの代金を支払い、僕らは会場内に入った。ここに来るまでは一台も車を見なかったのに、中にはかなりの数の車が止まっており、併設されたテントエリアにはテントがひしめき合っていた。

僕らは車を止め、さっそくメインのブースの様子を見に行く事にした。
会場は広くサッカーコート2つ分くらいの広い芝生のスペースで、中央の端に不思議の国のアリスの猫のキャラクターを模したDJブースが設けられており、その前で数十人の男女がサイケに合わせて踊っている。
ブースからレーザービームが放たれ、芝生のエリアを囲っている林に幾何学模様を映し出している。夕日が沈みかけ、林の隙間から漏れる夕日の光が会場の不思議な空気感を際立たせている。

ブース前以外にも芝生のエリアにはちらほらと人がおり、ヨガをしていたり、ファイヤーダンスをしていたり、ジョイントを回していたり、思い描いていたレイブの光景が目の前に広がっていた。
僕は海外のレイブにやって来たのだ。何故こんなにレイブに惹かれていたのかは分からないが、とにかく刺激と経験を求めていた。
そこら中から立ちこめるガンジャの匂い、鳴り響く音楽、空間を作り上げるヒッピー達、僕の好きな世界感、カオスで、雑多で、幻想的、僕は興奮していた。

隣を見るとマサも目を輝かせている。僕らはさっそくジョイントを巻く事にした。
車に戻り上着を羽織った。さすがに山中だけあり夜になるとかなり冷え込む。
ニンビンで手に入れたガンジャをほぐし、数本のジョイントを巻いた。

僕らは山道を走っていた時が嘘の様な高いテンションと軽い足取りで再びメインブースに向かった。ブースの前はすごかった。派手な格好のヒッピー達がサイケに合わせて踊っている。ダンスの種類なんて関係ない、それぞれが音に一番フィットする形で自由に体を動かしている。

数人の日本人も見かけた。皆かなりレイブ慣れしている様子で、服装も雰囲気もこの場にフィットしていた。
彼らは昨日から来ているらしく、すでにぶっ飛んでいた。
僕らは巻いてきたジョイントに火を着けた。朝から車で彷徨っていた事と、不安と安堵を一気に経験した事で無意識に疲れていたらしく、すぐにハイになった。爆音のサイケが僕らの体を揺らす。

「ヤバいな!これマジでヤバいな!」
マサはパーカーのフードを深く被り、激しく首を振っていた。
あまりに周りの連中が自由に踊っているから、僕も何も気にする事無く自由に体を動かし、音に身を任せた。音楽で踊るってのはこういう事だと思った。ジャンルとか型は関係ないのだ。

一時間程踊っていただろうか。既に日は沈み、芝生のエリアを囲う林は暗闇に包まれ、DJブースの放つ光と、来場者達のテントや車から漏れるわずかな光、月明かりだけが僕らを照らしていた。
そろそろ、僕らももっとハイになろう。マサとそう話し合い、飛び道具を探しに行く事にした。日本人達にどうやって手に入れたのか聞くと、テントエリアのヨーロピアンやオーストラリアンに声をかけて売ってもらったという。
僕らはさっそくテントを周り、持っていそうな奴らに声をかけて廻った。
今日は僕らは探し物をしてばっかりだ。

数人に声をかけたが、持っている奴は居なくて、いてもぶっ飛びすぎていて話にならない様な奴ばかりだった。
僕らはまた探し物がすぐに手に入らない事にいらつき、少し気分も下がっていた。一度車に戻って休もう。そう決めて林の中を歩いていると、一人の男が話しかけてきた。

「お前ら何か探してるのか?」

一発でプッシャーだと分かる空気を持った男だった。恐らく三十代の白人で、片方の目がつぶれていた。きっとレイブ会場に出入りしてはドラッグを売っているんだろう。僕らは飛び道具を探している事を伝えた。
男が早口のオーストラリア英語で話してきた。

「ピュアエクスタシーを買わないか?一発$20だ。上物だぜ?見てみるか?」

僕らが見てみたいと伝えると男はポケットからパケを取り出し、その中からカプセルを二つ取り出した。カプセルの中には細かく砕かれた黄色がかった結晶が少しずつ入っていた。
僕は初めて目にするそいつに少し困惑した。日本ではまずお目にかかれない物なのは確かだった。今まで数回エクスタシーは試した事があるけど、それらはどれも錠剤で、いわゆる合成麻薬だった。
ピュアエクスタシー、文字どうりに理解するならば、合成麻薬に入っているエクスタシー成分の純度100%の物という事になる。
僕らは一人一発ずつ買う事にし、男に$40を支払った。レイブにドラッグは付き物だ。それが無ければ成立しないディープなパーティーなのだ。

初めて試すドラッグは緊張する。効果が予想できない事、適正な摂取量が分からない事、オーバードーズする可能性、不安要素はたくさんあったけど、僕らはそれよりも期待感が勝っていた。この最高の環境でさらにハイになれるんだ。
早速一発ずつ口に入れた。独特の苦みが口中に広がる。持っていた水で流し込み、芝生に腰掛けるとジョイントに火を着け、効果が現れるのを待った。

30分程経った頃、ふと立ち上がると、一気に来た。体中の皮膚が敏感になっている様に感じ、心臓がすごいペースで鼓動を打っている。頭がぼーっとし、遠くで聞こえるブースの音が凄まじい立体感で僕の耳に突き刺さってくる。

林の木に映っているレーザー光線が描く幾何学模様は次々に形を変え、まるで僕の鼓動に合わせる様に動いている。
僕らはブース前に向かった。スピーカーから鳴る重低音が地面を揺らし、下から突き上げられているようだ。しばらくブース前で踊っていると体の疲れを感じだした。鼓動の早さに体が着いて行かない。僕らはふらふらとフロアを後にし、ジョイントを巻く為に一度車に戻った。

「少し休憩するか。」

マサがそう言い、車内でしばらく休憩する事にした。
シートを倒し、目を瞑ると体中がジワッと暖かくなってきた。
凄まじい多幸感だ。日々の不安や恐れ、ストレスは吹き飛び、ただただ安心感と楽しい気持ちに包まれた。隣に友人が居る事も僕を安心させた。
これがエクスタシーがラブドラッグと言われる所以だ。周りの環境、人々、自分自身に愛を感じる。他に言いようが無い。とにかく愛を感じていた。

気がつくと二時間ほど眠ってしまっていた。エクスタシーの効果は落ち着いたらしく、すっきりした状態で目が覚めた。時間は深夜二時、パーティーの本番はこれからだ。もう一発いこう。そう決めた僕らは再度車を出てプッシャーを探した。今度はすぐに見つかり、同じ物を一発ずつ買った。

今度は恐れる事無く飲み込んだ。この二発目が凄まじかった。
飲み込んでから30分後、僕らは絶頂を迎えた。酒なんか比べ物にならないハイな状態、周りの奴ら全員を心から仲間だと感じた。

「おい!エソン!上見てみろよ!」

マサが興奮しながら話しかけてきた。言われたとおりに上を見ると、息を飲んだ。今まで見た中で一番美しい満点の星空が広がっていた。黒い布の上にダイヤモンドをちりばめ、四方八方から光を当てているようだ。中心で月が光り、周りの雲に虹色の円を描いている。僕らは少年のような気持ちで、美しい星空を眺めた。

寒さで冷えた体を温めるため、焚き火をしている所に向かった。焚き火を中心に20人程の奴らが円を作り、抱き合っていたり、話をしていたり、高揚感に浸っていたり、それぞれにリラックスしていた。腰を下ろしてしばらくすると何処からとも無くジョイントが廻ってくる。エクスタシーのハイ、火の暖かさ、偶然ここに集まった仲間達、僕はこの時、間違いなく幸せだった。

体を温め、再度ブース前に向かった。パーティーも絶頂を迎え、ダンスフロアは興奮に包まれている。

「おい!やっと見つけた!調子どーよ?」

ニンビンで会った裕太君だ。彼らもなんとかここにたどり着いたらしい。既に何かやっているんだろう、瞳孔の開いた目をぎらつかせ、体をくねくねと動かし、世界に入り込んでいた。僕らは握手を交わし、無言で互いの高揚感を共有した。

僕らも一心不乱に踊り狂った。これは現実逃避だ。それは否定できない。でもその分自分の心の奥底を覗き込む事になる。DJが掛ける音に合わせ、次々に心の中のダンジョンをクリアして行く様な感覚、向き合うのを避けていたトラウマと向き合い、振り払う様に踊る。サンダルを脱ぎ、裸足になって地面を踏みしめた。裸足で土を踏むなんて何年ぶりだろうか?土はこんなに暖かかったのか。踊れ、踊れ、踊れ、ネガティブも、ポジティブも、悩みも希望も、全てと向き合い、置き去りにし、自分という存在を確かめるように体を動かす。

皆それぞれが踊りながら自分と向き合っているんだろう。何よりもこの空間を共有している僕たち全員に前提として愛があるのが大きかったと思う。
僕は全ての存在を許していたし、僕の存在は許されていた。

いつの間にか数時間が経っていた。空が少しずつ明るくなってきていた。
僕らはフロアを離れ、芝生に腰を下ろし改めてこの世界を見つめた。奥深い山の中、スピーカー、個性豊かな人達、まだガンガンに踊っている奴、瞑想をしている奴、ヨガに励む奴、キスをするカップル、眠っている奴、この空間は何なんだろうか?カオスだ。本来なら交わらない物を無理矢理ごちゃ混ぜにしてみたら、結果として美しい物が生まれた様な、シュールレアリズムの絵画の様な、説明が難しい。違和感と矛盾、汚さと美しさ、不思議の国に迷い込んできたみたいだ。本当に美しい物は混沌の中にある。作家の誰かが言っていた。本当にそうなのかもしれない。

朝日が昇ってきた。太陽の光がすべてを照らす。踊っている奴も、座っている奴も、朝日に照らされ光っている。新しい朝、なんて清々しいんだろう。

僕らは、アウトローで、ジャンキーで、社会のはみ出し者で、犯罪者で、クズで、どうしようもない奴らだ。
そして僕らは、音楽を愛し、自然を愛し、仲間を愛し、自由を求め、精神の解放と探求を目指す。
僕は、僕が、彼らが、この世界に必要の無いゴミだとは思えない。
だってここに居る奴らはこんなに楽しそうで、幸せそうで、美しいじゃないか。この一瞬、この時間、この空間、こんなに素晴らしいものを生み出せるじゃないか。この数ヶ月で、いや数年で一番僕は自分を、世界を愛していると感じた。

「そろそろ帰るか!」

マサが笑顔で話しかけてきた。帰ろう、僕らは長い旅を終えた。
車に戻り会場を後にする。僕らの高揚感はまだ続いている。
どこか遠くの異世界に行って帰ってきたかの様な不思議な後味だ。心地のいい疲労感と、達成感、満足感を感じながら、また必ず行こう、今度は皆で。
そんな事を話し合いながら僕らはサーファーズパラダイスに向けて車を走らせた。

太陽は空高く昇り、遥か前方に見えるビル群を照らしていた。

12/19/2015

LOST IN WONDERLAND1

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「で、どうすんの?とりあえず決めろや。」

マサが眉間に皺を寄せながら言った。重苦しく気まずい空気が流れている。
僕はどうするべきか考えながら煙草に火を着けた。

「やっぱり、俺今日は帰ります。すいません。」
ケンが顔を引きつらせながら言った。

この日僕は、マサとケンと三人でレイブパーティーに行く予定だった。

マサは僕より一歳年上で、筋肉質な体に全身刺青、鋭い目つき、僕とは全く違う人生を生きてきたであろう完全なアウトローだ。すごく気の良い奴で優しい性格だが、たまに怖い目をする。不良特有のあの目だ。芯の強さを感じる。なにかあったらヤッてやる、そういう雰囲気を持っていた。

ケンは僕らより年下で、奇麗な顔立ちで背が高く、さわやかな空気の男前でお調子者の優しい奴だ。

僕はこの2人に会うのは数回目で、まだ出会って間もなかった。数日前に皆でジョイントを回していた時にレイブの話になり、予定の無かったこの三人で行く事になったのだ。

サーファーズパラダイスを出発して数分経った車内、ケンが予定があるから夜には帰らないといけないと言い出した。しかしレイブの本番は夜だ。
現地までの移動時間を考えると夜に帰ってくるのは不可能だった。道脇に車を止めどうするか考えているとケンが今日は帰ると言い出した。どうしても外せない予定らしい。
僕とマサはまだ一度も二人になった事が無く、これからの長旅を二人で楽しく過ごせる様な関係は築けていない。お互いに、二人になるのは気まずい、そう思っていたはずだ。

申し訳なさそうな顔をしながらケンが車を降り帰って行った。

「二人で行くか。前に乗りなよ。」

マサが静かに言った。僕は頷き、車は走り出した。
車内はカーステレオから流れる音楽だけが静かに響いている。
堪え難い沈黙、何か話さなければ、そう思い少しでも共有できそうな話題を探した。

マサも同じ事を考えていたんだろう、ぽつり、ぽつりと僕らの間に会話が生まれだした。
移動する車内は会話を成立させるには最適な環境だったと思う。正面に座るよりは並んだ方が良い、景色は一定よりも移り変わって行く方が良い。人間の習性は不思議だ。
いつの間にか僕らは笑い合っていた。直感から来る第一印象は大体において正しい場合が多いが、心の奥の方は話さなければ分からない。
マサと話していくうちに意外な部分が次々に見えてくる。僕とは全く違うと思っていたのに共感できる部分、似ている部分が見つかっていく。無理に二人になったおかげで僕らの距離感は縮まった。

車は広大な道を南に向けて走って行く。いつの間にかBGMはサイケに変わり僕らの期待感は高まっていた。会場に着いたらビールを飲もう、夜は一晩中踊り狂おう、お互いに初めての海外レイブだ、こんなにドキドキするのは久しぶりだった。

サーファーズパラダイスを出てから一時間半が経ち、山道をしばらく走った後、経由地のニンビンに到着した。
ニンビンは有名なヒッピータウンで、観光客とヒッピー、好き者とプッシャーが集まる山間にある小さな村だ。そこら中にサイケデリックアートが描かれており、ヘンプバーやヘッドショップが軒を連ね、何処を歩いていてもガンジャの匂いが漂ってくる。
まずはここで今夜の為のガンジャと、会場へ行く為の正確な地図を手に入れる必要があった。レイブはシークレットパーティーだ。警察を避けるため山奥で行われており、そこへたどり着く為の地図は事前にメールで知らされる意外人づてに入手するしかない。まだ地図を手に入れていなかった僕らは、ニンビンなら手に入ると踏んでやってきたのだ。

車を止めて外に出ると、早速声をかけられた。

「marijuana! good one!」

ニンビンは無法地帯だ。昔に比べ取り締まりが厳しくなったらしいが、日中から堂々とプッシャー達が客引きをしている。クソみたいな粗悪品を高い値段で売ろうとする奴からハイドロの高品質の物を売る奴まで様々だ。
僕らは数人のプッシャーに声をかけ、気に入った二種類のハイドロを合わせて5グラム買った。
無事ガンジャが手に入ったところで次は地図を手に入れないといけない。
何か情報を持っている奴を探して通りを歩いていると声をかけられた。

「おぅ!マーじゃん!」

向こうから三人組の日本人がやって来た。
マサの知り合いで現地で合流予定だった奴らだ。一番目立つドレッドの男は裕太君と言う奴で、10年間アメリカでプロサッカー選手をしていたらしく独特の雰囲気の男だった。他の二人の名前は忘れたが皆刺青にヒッピー風の奇抜な服装、いかにも、な雰囲気の奴らだった。すでに一服キメているらしく赤い半開きの目でニヤニヤしていた。彼らに会場の場所を聞いたが、分からないらしく、一旦分かれてそれぞれ情報を探す事になった。

ニンビンの路上には小汚い格好のヒッピー崩れ達が大勢いる。楽器を演奏していたり手作りのアクセサリーや服を売っていたり、ただぼーっとしている奴や、観光客相手に偽物のハードドラッグを売りつけるクズまで。

僕らは片っ端から声をかけてレイブに関する情報を集めた。さすがに外国人でしかもヒッピー達だ。人によって全く言う事が違う。今日は中止になったと言う奴もいれば、あそこの店に行けば教えてくれるという奴もいた。実際に店に行くと、知らないと言われ、僕らは小さなニンビンの街を何往復もして情報を探した。いつの間にか二時間が経ち、僕らは焦り始めていた。

一件の店でとても親切な女性に出会った。その店は入り口においてあるスピーカーからサイケが大音量でかかっていて、店内には洋服から喫煙具、ポスター、とにかくヒップな商品が所狭しと並べられている。
ニンビンの店は基本的にそんな感じだが、僕個人的にはこの店が一番品揃えもセンスもいいと思った。小さなレジの奥に初老の女性が座っていた。
この店の店主らしい。ヒッピーがそのまま歳をとった、という雰囲気の女性で柔らかな顔つきから優しさがにじみ出ていた。彼女の足下には大きなピットブルが幸せそうに眠っていた。

この人なら何か知っているかもしれない、そう思って話しかけた。

「あなた達日本人?私は昔日本に住んでいたのよ。日本人は皆親切で大好きよ。」

思ったとおり会話をしてもとても優しい人だった。
僕らはレイブに行きたい事、地図がまだ手に入らない事、二時間も探しているけど未だに情報が手に入らない事を伝えて何か知らないか訪ねた。

「OK,分かったわ。私が友達に聞いてあげる。必ず行かせてあげるから安心して。」

店が営業中にも関わらず女性はiPadを取り出し、SNSを使って友人にレイブの情報を知らないか聞いてくれた。さらに返事が来るまでの間、店の外に出て隣の店のスタッフに聞いたり、道行く人に話しかけてなんとか地図を手に入れようと協力してくれた。今まで時間がすぎる事に焦り、いらついていたけど、彼女の無償の優しさに触れて暖かい気持ちになった。行く先々で僕は誰かに助けられている。

30分ほど経った頃、隣の店のスタッフがやって来た。

「見つけたぞ。お前らが探してたのはこれだろ?」

彼が差し出したパソコンの画面には一枚の地図の写真が映っていた。古い紙の地図に手書きで星のマークがしてある。地図は古いタイプの物で見にくかったがこれを頼りに行くしか無い。とにかく僕らは地図を手に入れた。諦めなくて本当に良かったと思った。
僕らを助けてくれた女性と、隣のスタッフにお礼を言い、会場に向かうべく車に乗り込んだ。

地図に従ってまずはカジノと言う街を目指した。
カジノは小さな田舎町で、そこから山道を行く事になる。日が出ているうちに会場に着かないとおそらくたどり着くのは不可能だ。

車を飛ばして地図の星マークを目指した。
しかし地図が見づらい事と、あまりに土地勘が無いせいで何度も道に迷う。行った道を戻り、こまめに車を止めて地図を確認し、なんとか山に入る道を見つけた。ここからは完全な山道だ。道路は舗装されておらず、周りは木が生い茂っている。車が通った跡すら無い狭い一本道。とにかく行くしかない、自分達の運と地図を信じて山道を進んだ。

「あれ?ここさっき通ったよな?」

マサが困惑した様子で言ってきた。確かにこの道は通った事が在る。
いや、あまりに似た様な景色が続くせいで見分けが着かなくなっているんだ。
おまけに山は電波が入らず、グーグルマップも電話も使えない。
不安を感じながら自分たちの判断を信じて山道を進んだ。何処までも続く道、変わらない景色、通り抜け禁止の看板、頼りは地図のみ。
だんだんと僕らの間に会話が無くなっていき、明らかにテンションも下がっていた。時間は既に六時を回っており、太陽が沈み始めている。
僕はもし、会場にたどり着けず、山中で迷ってしまった場合の事を考えた。
旅行気分で軽い装備で来てしまった僕らは、食べ物どころか水すら持っていない。おまけに夜は冷え込むだろう。電波もないから助けを呼ぶ事も出来ない。
在るのは5gのガンジャのみだ。
それに一晩車中で過ごした所で、日が出たら帰れるだろうか?かなりの時間山中を走っているのに何も出てこないし、もしかして僕らは迷子になっているんじゃないか?

「もどっても帰れそうにないし、とにかく進むしか無いよな。」

マサが低い声でつぶやいた。
僕は不安になっている事を悟られない様に努めて明るく、大丈夫、道は合ってるはずだし、日が沈む前にはたどり着けると思う、このまま行こうと言った。

僕らは会話もする事無く、とにかく山道を奥に進んだ。
日がほとんど沈みかけている。周囲が暗くなって行き、道の脇の木の影が道路を覆う様に伸びている。沈黙が続く。

この道をまっすぐ進んで、もし曲がる所が出てこなかったらレイブは諦めてなんとか山を下りよう。そう決めて暗くなった山道をゆっくりと進んだ。
僕はもう諦めていた。マサも帰って酒を飲もうと言っている。

帰れたらどうするか話し合っていると、音が聞こえてきた。

ズン、ズン、ズン、ズン、ズン、山奥のこの場所には似つかわしく無い地鳴りの様な低い音。
僕らは顔を見合わせて音のなる方に耳を澄ませた。









12/08/2015

やっぱりそうだ。

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この日もいつもと変わらずゴールドコーストのクラブはTOP40が代わる代わる流れ、有り余ったエネルギーを抑えきれない白人達がフロアで熱狂を生み出していた。
僕は一緒に来た友人ともすぐにはぐれ、一人バーカウンターに寄りかかってビールを飲んでいた。

バーではストリップさながらの際どい衣装に身を包んだ女性バーテンダー達が忙しなく酒を作っている。カウンターは酒を待つ奴、ショットで乾杯する団体客、僕の様にぼーっとしている奴で埋まっている。何処を見るでも無くフロアを見つめていると、僕の隣で日本人が流暢な英語で酒を注文しだした。

焼けた肌に整った顔立ちで、スケーターファッションに身を包んだそいつは、ポケットからくしゃくしゃの札を取り出し、金額を確認すると困った様子で僕の方を見てきた。
持ち金が足りないらしい。

「ごめん、ちょっと金かしてくれないか?後で返すから。」

どうせ返ってくるはずが無いと思いつつも、断る事が面倒に感じた僕は財布から5ドル取り出してそいつに渡した。支払いを終えるとそいつは焦点の合ってない目で僕を見つめ、お礼を言って握手を求めてきた。

「急にごめんね、マジで助かった。俺はカイセイ(仮名)。よろしく。」

僕も自己紹介し、二人で静かに乾杯した。カイセイがハイになっているのは一目瞭然だった。彼はこっちでの生活が長いらしく、日本人というよりは欧米人に近い雰囲気をもっていた。それは少し海外で生活した事で勘違いした奴が国際人を気取っているのとは違って、なんというか彼の無意識の中にしみ込んでいるごく自然なもので、帰国子女やハーフの人間に共通するものだった。しぐさや、話し方、全体の空気感が日本人とは明らかに違う。

僕らは何となく二人でソファーに座り、話をした。
他愛も無い話をしていると、カイセイが思い出した様に話しだした。

「なぁ、ポートダグラスって街を知ってるか?ケアンズから北に70キロ行った所にある
観光地なんだけど。」

分からない、僕がそう答えると彼は続けて話した。

「絶対に行った方が良い。ポートダグラスから更に山に入っていくと、ヒッピーコミューンが在るんだ。そこは多国籍のヒッピー達が集まっていて、テレビもネットもない。かろうじて電気はあるけど、限りなく自然に近い生活で、山の中で動物に囲まれながら昔のヒッピーのようにやってるんだ。俺はそこで三ヶ月生活したけど、最高に刺激的だったよ。きっと君は気に入ると思うし、自分を見つめるのにはばっちりの場所だ。」

ヒッピー、僕の中で昔から興味を惹かれてしょうがない人種だ。60年代のサイケデリックレボリューションは若者達を魂の解放へと駆り立て、その後の世界の発展に無くてはならないインパクトを残した。
時代が変わった今、50年前と同じ事を繰り返すのは愚かだと思うが、彼らが作った文化や世界観は、今の時代に於いても僕らが生きていくヒントになると思う。
ヒッピーの世界観を知る事は僕の旅のテーマの一つでもあり、カイセイが何となくくれた情報は僕の興味をそそるには十分なものだった。

そう伝えると、半開きの目で僕の方を見ながら、彼が言った。

「じゃあ、DMTを知ってるか?」

一瞬酔いが醒めるほどに、僕は彼の言葉に反応した。
DMT、キングオブサイケデリクス、人間を意識の深淵へと導き、説明不能の世界を見せる、最高に奇妙で超意識状態に最も近い状態へと僕らを誘う魔法の物質だ。

僕が初めてDMTを知ったのは二年前のインド、ブラフマーを祀る聖地プシュカルの湖のほとりでスウェーデン人のヒッピー達とジョイントを回していたときだ。
おもむろに彼らが取り出した小瓶の中にそいつは入っていた。
これは何だ?そう訪ねると彼らはまぁ良いからやってみろと言いパイプに少しだけつめて僕に渡してきた。
恐怖よりも好奇心が勝った僕は恐る恐る火を着け、深く吸い込んだ。
数十秒後、僕は完全に別世界に飛ばされていた。

コントロールが効かない事による恐怖、自我が悲鳴を上げる。現実の別の側面を強引に見せられ、一体ここは何処で、僕は誰なのか、分からなくなった。
今まで培ってきた自分という物と、絶対だと信じていた現実が酷く不安定で実体のない物に思え、何が本当なのか分からない。
真っ暗なトンネルの中を猛スピードで進んだかと思うと、色彩が完全に反転した見慣れた現実の風景を見せられ、身体感覚が無くなり、目を閉じると言葉を失うほどに美しい、そして僕のボキャブラリーでは説明できない光景が広がる。とにかく、分からない。これは一体なんだ??
パイプに火を着けてから15分後、今まで見てきた物は夢だったかの様に現実が僕のもとに戻ってきた。いや、僕が現実に戻ってきたのか。

まるで数年感旅をしてきたかの様な感覚と疲労感、あまりの体験に全くついていけなかった。ヒッピー達が笑いながら僕を見ていた。日没の夕日が湖を照らし、いつにも増して神聖な空気を醸し出している。

「どうだった?ヤバいだろ?」

ヒッピーが話しかけてくるけど、僕は言葉が出なかった。何をどう言っていいのかわからなくなっていた。
この体験の衝撃は数日間尾を引き、僕の頭の中はDMTについて知りたい、その思いで一杯だった。DMTは僕の疑問を解決してくれる、この道の最高の案内役になり得る。それ以降僕はDMTについて調べまくり、もう一度体験する事を夢見ていた。

そんな事を思い出しているとカイセイが目を光らせながら話しだした。

「あれはマジでヤバいよ。俺もそこまで体験が多い訳じゃないけど、意味不明で奥が深すぎる。一体何が現実なのか分からなくなる。脳内のイメージが目の前で現実になるし、何処にだっていける。一体今までこの体でしてきた事は何だったんだって思ったよ。パリやロンドン、ニューヨークに行ったよ。一度も行った事が無いのに。あと俺が勝手に思ってる事なんだけど、DMTは人を選ぶ。選ばれた奴しかあいつには会えないし、下手な奴がやれば完全に自分がぶっ壊されちまう。何人か日本人でどっかに行っちゃった奴も居たよ。まぁ、エソンはきっとどこかでやるんだろうな。」

カイセイは話し終えると目を瞑り、寝息を立てて眠ってしまった。
僕は残っていたビールを飲み干し、クラブを出て家に向かった。

やっぱりそうだ。DMTは僕の疑問を解決する手助けをしてくれる可能性が有る。
そして僕がDMTに興味を持った時から、全ては導かれている気がする。
異国の地でたまたま入ったクラブで、たまたま出会った奴から情報を得た。

勘違いでも構わない。やっぱりそうなんだ。

人気の無い街を一人歩きながらそんな事を考えていた。


















11/26/2015

シェアハウスという不思議な環境

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オーストラリアに到着した僕は、数日をバックパッカーズ(ドミトリースタイルのホテル)で過ごしていた。しかし、物価の高いオーストラリアにおいて、いくらバックパッカー用の安宿と言えど、乏しい資金で渡豪してきた僕にはホテルの宿泊費は高すぎた。

ワーキングホリデーでオーストラリアに来ている人間にとって主流の形はシェアハウスに住む事だ。アパートや一軒家を数人でシェアして生活する形で、家賃もホテルに泊まるよりは安く抑えられる。

バックパッカーズの宿泊費を払う事に限界を感じた僕はシェアハウスを探し始めた。
まだ来たばかりだから、家賃が安いから、情報を集める必要があるから、そんな言い訳を自分にして、日本人がオーナーを務め、日本人ばかりが住んでいるシェアハウスに焦点を絞って探した。海外の人間と触れ合う事で国際感覚を身につけるはずが、気づけば僕は言葉が満足に通じる安心感を求めていた。

ネットで見つけた数人のオーナーに連絡し、一番早く返答があったシェアハウスに住む事に決めた。
その家は僕の認めたく無い欲求どうりに、住人は日本人ばかりで、英語を使う必要が一切無い、言ってしまえば程よい温度のぬるま湯だった。
しかし、僕を含めた日本人計七人が住むその家は国際感覚こそ磨かれないが、いくつかの新鮮な体験を与えてくれた。

シェアハウスは不思議な空間だ。
日本で普通に生活していれば、出会ったとしても絶対に友達になる事は無い様な全くタイプの違う人間達が、生活を共にし、自動的に家族化させられていく。
仲のいい友人同士で一緒に住むのとは訳が違う、新鮮な体験だ。

最初は遠慮がちに触れ合っていても、自分の部屋が無い同じ家で寝食を共にしていくうちに壁が無くなり、いつしか家族の様になっていく。
そもそも、一人で生活している期間が長い僕からすると、家に自分以外の誰かが居る事自体が異常事態だ。

それを一番意識させられたのが、音だった。
誰かが洗濯機を回している。誰かがコーヒーを湧かしている、いびきをかいている、誰かが電話で話している、朝鳴るアラームの音、シャワーがお湯を吐き出す音、誰かがかける音楽、足音、今まで自分が出す音のみだった僕の生活空間が急に様々な音で彩られた。

それは不快で、ストレスで、同時に癒しで安心だった。
一人になりたい時、静かに過ごしたい時、集中したい時、同居人達の存在を煩わしく感じる。寂しい時、誰かと話したい時、落ち込んでいる時、いい気分を分かち合いたい時、彼らは僕を癒してくれる。

そして結果的に、時間は何もかもが違う僕らの境界を薄くし、一つ屋根の下で暮らす事が当たり前になっていった。

「おかえり」、「ただいま」僕にとって当たり前じゃなかったやり取りが自然なものになった。
誰かの誕生日を祝う、皆で酒を飲む、皆で料理をする、あいつに朝起こしてもらう、あいつを朝起こしてやる、あいつとあいつが恋に落ちた、あいつが落ちこんでいる。
仲のいい友人以外はどうでもよかった他人の人生の出来事が、僕にとっての出来事になり、僕の人生に起きる出来事が彼らに共有される。

遊ぶのが好きでジャンクな僕と、一日中勉強しているあいつが、ベランダで星を見ながら人生を語り合う。
浪費家の僕と倹約家のあいつが一緒に買い物に出かけて同じ物を買う。
女好きな僕と男性不振のあの子が一緒に夕飯を作る。
まだ若いあいつと僕が意見をぶつけ合う。

人間の親密度は会う回数に起因する。いつか本で読んだ事が完全に腑に落ちた。

あり得ない確率で出会った、年齢も出身も、バックボーンも、趣味も、とにかく何もかもが違う僕らが家族同然になった。
この経験を経て僕の中で確信に変わった事が在る。
人生に訪れる出会いは必然だ。確実に出会うべくして出会っている。それが例えどんなに気に食わない奴でも、どんなに自分と合わなそうな奴でも。

出会いと人間関係の不思議を感じながら、今日も僕はあいつのいびきをBGMに眠りにつく。

















11/25/2015

その男狂人につき

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元AK69の相方で名古屋が生んだ天才、B-NINJAHが5年の服役を終えシーンに復活した。
僕は一度だけ、PV撮影の手伝いをさせてもらった時に会った事が在る。
噂どうりにぶっ飛んでいて、イケイケで、根っからの不良だったけど、誰にでも対等に接する姿勢が印象的だった。
そんな彼がフルアルバムをリリースして、その中から「人生」という曲のPVが公開されたので紹介↓


この歌に何度励まされただろうか。自分の人生に挑戦する姿勢とそのかっこよさを教えてもらった。そして何より嬉しいのは、PVの監督を僕の友人が務めた事だ。
本当に良い曲だし、映像も最高。皆に見てほしい。

僕も落ち込んだ夜はブコウスキーを読んでいる。


広い空と国際交流

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バンコク最終日のアシッドトリップの興奮冷め止まぬまま、9月4日、朝7時、僕はオーストラリアのゴールドコーストに到着した。到着ゲートを通り、預けた荷物を待っていると、周りには様々な人種の人間達が行き来している。

オーストラリアは移民の国だ。
各国からワーキングホリデーをしに若者達が集まって来ている。僕がここに来た目的は今後の旅の資金を稼ぐ事、強烈な経験を積んで表現をする事だ。
オーストラリアは労働に対する賃金が高い事で有名だし、これだけの人種が入り乱れている国ならば僕の目的にはうってつけだ。

希望と少しの不安を抱えて空港の外に出ると、今まで見た中で一番広い空が広がっていた。何処までも続いている青くて広い空。さわやかな気候と行き交う異国の人達が僕の気分を高揚させる。
まずは街に出ないといけない。僕は空港から出ているバスでゴールドコーストの中心地、サーファーズパラダイスに向かった。

車内は僕と白人女性の二人組だけだった。お互い大きなバックパックを背負っている。
同類のシンパシーか、彼女達が僕に微笑んできた。

「あなたもワーホリ?私たちはスウェーデンから来たの。オーストラリアってとっても気持ちいいわね!」

僕らは自己紹介しあい、今から始まるこの国での生活への希望を共有した。
昨日までいたバンコクとは全く違う町並みが広がり、車窓からは海が見える、僕の鼻を塩の匂いがかすめる。視界の奥の方には高層ビルが建ち並んでいて、まるでロサンゼルスみたいだ。

世界はこんなにも広いじゃないか。
僕が知らない事、知るべき事はまだまだある。それだけで生きていく理由には十分だ。

3人で談笑しているとバスが止まり、最終地点だと告げられた。
ここからはトラム(路面電車)に乗って街の中心まで行く。彼女達にどうするのか訪ねると、宿を予約しているらしく、全く予定の無かった僕も着いていく事にした。

サーファーズパラダイスの駅で降り、3人で宿に向かった。僕らが向かった宿は街の中心にあるバックパッカー(ドミトリースタイルの安宿)で、僕と同じ様な格好でバックパックを背負った連中が受付をしている。当たり前だが部屋は男女別で、ここで彼女達とはお別れだ。再会を約束して彼女達と別れ、僕は教えられた部屋に向かった。

部屋のドアを開けると爆音でヒップホップがかかっていて、上半身裸の白人の男がビールを飲みながらピザをほうばっていた。狭い部屋に大きな二段ベットが二つ、窓の向こうにはサーファーズパラダイスの街が見える。まるで映画を見ている様な光景に見入っていると室内に居た男が話しかけてきた。

「よぉ、お前もこの部屋か?俺も今着いたばっかなんだ。俺はルーク、ロンドン出身だ。お前はジャパンだろ?俺はアジア人の顔の違いを分かってるんだ。お前はどう見てもジャパンだ。てゆうかこのピザめちゃくちゃ上手いぜ。食うか?」

ルークは僕のイメージするロンドンボーイそのままの奴で、早口でまくしたてる様に話し、僕が話を理解しているかなんておかまいなしにどんどん話をしてくる。都会っぽい洗練された空気を持っているのに、なぜかスーツケースを2つ持っていて、片方にはスニーカーが10足ほどパンパンに詰め込まれていた。

「俺は靴がめちゃくちゃ好きなんだ。だって小さい車みたいだろ?毎日気分で靴を変えたいんだよ。今日はベンツ、明日はフェラーリみたいな感じでさ。あー、そうだ、今日夜このバッパーの奴らでBBQやるから暇なら来いよ?女もいっぱい来るから。」

こいつには人見知りって概念がないのか?そう思いながらも、初対面でこれだけ砕けた対応をされると僕も気を使わなくて済むし、ルークが同室で良かったと思った。
二人でビールを飲みながら話していると、部屋のドアが開き、白人とアジア人の二人が入ってきた。

ビールを飲んでいた事もあり、少しだけ心の壁が薄くなっていた僕は陽気に彼らと挨拶を交わした。ルークは僕が来たときと全く同じ様子で、またアジア人の顔を見分けられる事を誇らしげに話した。

白人の方はカナダ出身で、チャンスという縁起のいい名前の男だった。岩の様な大きな体、それに似つかわしく無い大きな目が印象的で、優しそうな雰囲気がにじみ出ている。
アジア人の方は韓国出身で名前はミンソク、真面目そうな見た目で、とても幼く見える、多分僕よりかなり若そうだ。出身地を聞かれると、何処だと思う?と聞き返すのが印象的だった。

「よし、これで今日のこの部屋のメンバーはそろったみたいだな。とりあえず一期一会に乾杯しようぜ。」

ルークは早くも僕らのムードメーカーになっていた。僕らはビールを飲みながら、何故オーストラリアに来たのかとか、それぞれの国についてとか、他愛も無い話で盛り上がった。ルークとチャンスは英語がネイティブだし、ミンソクは一年半オーストラリアにいるせいでかなり英語を身につけている。彼らの会話はとても早く、僕は五割も理解できなかった。

一時間ほど経った頃、用事があると言ってルークが出かけていった。
残った僕ら三人は街を見て回る事にした。観光地だけあって街は人で溢れかえっていて、名前のとうりサーフボードやスケボーを抱えた若者達がたくさん居る。
三人で海に向かった。白い砂浜に青い海、広い空、僕は赤道を超え外国にやって来たんだ。そしてこれからしばらくここで生活していく。見慣れない景色が何度も僕にそれを意識させる。

「ついにオーストラリアに来ちゃったな。俺は国でやってた仕事に嫌気がさしちゃって逃げる様に出てきたんだよ。ここでしばらくゆっくり生活して、自分が何がしたいのか考えようと思っているんだ。」

チャンスが大きな目を細めながらつぶやく様に話した。
ミンソクが微笑みながら相づちを打っている。

僕らはほとんど言葉を発さず、たまに誰かがぼそっとつぶやく事に耳を傾け、ひたすらに海を見ていた。日が沈み、僕らは部屋に帰った。

部屋でだらだら過ごしていると、ほとんど話さなかったミンソクがクラブに行ってみたいと言い出した。彼はまだ一度もクラブに行った事がないらしい。どんなところか見てみたい、ミンソクの目は好奇心に満ちていた。

ルークに誘われていた事も思い出したけど、オーストラリア初日の夜にクラブで遊ぶのも悪く無いと思い、三人でクラブに行く事にした。
僕らは街で一番大きなクラブに向かった。早い時間にも関わらず、エントランスには数十人が並んでいた。セキュリティーにパスポートを提示し、中に入ると、数年前に流行った曲がかかっていて、人でパンパンのフロアは大盛り上がりしていた。
六本木にいる外国人達みたいだ。彼らは大きな音ならなんでもいいんだろうか?

隣を見るとミンソクが緊張した様子で熱狂しているフロアを見つめている。
僕は二人に声をかけ、バーカウンターで酒を買った。せっかくのオーストラリア初日の夜をつまらない思い出で飾る訳にはいかない、そう思った僕はがんがん酒を飲んだ。
チャンスもミンソクも同じ様に感じたのかハイペースで飲んでいる。
こういう時は無理矢理にでも飲んで、出来るだけ楽しんで帰るのがベストだ。僕はフロアで踊り狂った。
チャンスは早くも泥酔していて、片っ端から女に声をかけている。
ミンソクは未だに緊張した様子で、フロアの壁に寄りかかって携帯の画面を見つめていた。僕はミンソクに声をかけ、なんでも良いから音楽に乗って、とりあえず楽しむ様に伝えた。

二時間ほど経ち、ずっと踊っていた僕は汗まみれだった。いつの間にかはぐれた二人を捜すと、チャンスはまだ女を捕まえる事が出来ず、声をかけては逃げられるのを繰り返していた。ミンソクは何処だろうか?

クラブ内を見渡して彼を捜すと、お立ち台で頭を振り乱して狂った様に踊っているミンソクを見つけた。

「ありがとうエソン、君のアドバイスを聞いてから勇気を出して踊ってみたらめちゃくちゃ楽しいよ。クラブがこんなに楽しいとは思わなかったよ。」

とにかく彼が楽しそうで良かった。
僕はもう相当に酔っていた。頭が重く、視界がぼやけている。時間は三時を廻っていた。
僕は二人に先に帰る事を伝え、一人宿に向かった。
千鳥足でなんとか部屋にたどり着き、ドアを開けると、ベッドがきしむ音が聞こえた。
真っ暗な部屋の中に目を凝らすと、ベッドの上でルークが腰を振っていた。
ルークが僕に気づき振り返った。

「あぁ、帰って来たのか、朝まで帰らないと思ってたよ。悪いな、彼女はジェシカだ。」

ルークの下で裸の女が僕に笑顔を向けている。今の今までセックスしていた奴が初対面の人間にこんな笑顔を向けられるのか?こいつらの反応は全てが間違っている。そう思ったけど泥酔していた僕は今すぐに眠りたかった。ルークに寝る事を伝え、自分のベッドで横になった。目をつぶり、夢の世界に向かおうとすると、ルークが話しかけて来た。

「エソン!お前も来いよ。三人で楽しもうぜ。俺はイギリス、彼女はアメリカ、お前はジャパン、国際交流は平和の第一歩だろ?こういう所から世界は変わっていくんだよ!」

ルークは本気だった。ジェシカも変わらぬ笑顔で微笑んでいる。

僕は笑いながら中指を立て、イヤホンを耳にはめて目をつむった。

世界には色んな奴が居る。僕は一体どんな奴なんだろうか?
刺激的なオーストラリア初日は視界の端にセックスのシルエットを感じながら終わっていった。






















11/18/2015

本物〜ジョンバトラー〜

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最近知って衝撃を受けた動画。




オーストラリアを代表するギタリスト、ジョン.バトラーの代表曲「OCEAN」のスタジオライブ。たった一人でこの演奏は圧巻。ストリートミュージシャン時代から演奏している曲らしく、インストのみで彼の人生や感情、全てを表現しているように感じる。これは完全に本物。
チルタイムのお供に。

楽園と智慧の輪

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楽園での数日はあっという間に過ぎていき、気づけば明日オーストラリアに向けて出発という日になっていた。
この数日は住人達とひたすらにハイになって楽園に引きこもって過ごした。
人間の慣れる能力は凄まじく、最初違和感を感じた住人達にも慣れ、僕も自然に輪に加われる様になっていた。
しかしT氏とは未だに打ち解ける事が出来ず、僕に対する態度だけが固かった。

ハンモックでぼけっとしてるとワタルが話しかけてきた。

「エソン君、Tさんアシッドもいけるみたいですけど、今日一緒にやらないすか?」

胸が高鳴った。ワタルはいつも僕に刺激を運んでくる。
でも今、僕は精神的に安定しているとは言えない。こういう時は危ない事は分かっている。どうするべきか。

しばらく迷った末に、このタイミングで自分を見つめる力を借りる事にした。
選択を迫られた時はヤバそうな方を選ぶ。日本を出た時に僕が自分に課したルールだ。
僕たちはT氏に頼みに行く事にした。

T氏は縁側でいつものヒッピースタイルでジョイントを吸っていた。
T氏に対する苦手意識のせいか近づくだけで胸の辺りが締め付けられる感じがする。

ワタルがT氏に頼んでいる。
T氏がワタルの胸の辺りをこづいて笑っている。お前は本当に馬鹿だな。そう言っているみたいだ。

T氏の視線が2人から少し離れていた僕の方に向いてきた。
「君もやるの?大丈夫?ちょっと心配だなぁ。」

僕の弱さが、安定していない事が見抜かれているのか。
弱い奴だと思われた事が僕の自尊心を傷つける。見抜かれている気がするってのは本当に気分が悪い。心の声を聞かれているようで、怒り、羞恥心、不安、様々な感情が入り交じり何を感じているのか分からなくなりそうだ。

T氏があの目線で僕の目を見つめてくる。目を合わせていられなくて避けてしまった。
蛇に睨まれたカエルの気分だ。

「Tさん、この人大丈夫っすよ。俺より全然慣れてるし。」
ワタルの根拠の無いフォローが入り、なんとか二人分を売ってもらえる事になった。

いつもならトリップする前は期待で胸がいっぱいなのに、この日はT氏に言われた事が頭に残り、バッドトリップするんじゃないかと不安を感じていた。

LSDのバッドトリップは地獄だ。見るのを避けていた自分の嫌な部分を強烈に見せつけられる。巡る思考は自尊心を傷つけ、自己嫌悪が胸を刺す。思い出すだけで吐き気がしてくる様なあの世界を、明日出発のタイミングで見せられたら僕は旅立てなくなるんじゃないか。不安は徐々に大きくなり部屋一杯に広がって行った。

一人部屋にこもり、少しでも心を整えようと格闘していた。
大丈夫だ。今、目の前に現れたって事はやるべき時だって事だ。何を見せられても僕は自分を見失う事は無い。今までもそうだったし、これからもきっとそうだ。

日が沈み、僕らはリビングでくつろいでいた。
スピーカーから流れるサイケは等間隔にリズムを刻み、これから始まるトリップのオープニングを告げているようだ。

「じゃあいきますか。一人二滴ずつ入ってます。」

ワタルが栄養ドリンクの小瓶を渡してきた。僕は小瓶を受け取り、ワタルと乾杯して一気に飲み干した。あと30分もすれば、現実が崩壊し始める。
ざわつく心を落ち着ける為、ジョイントに火を着けた。


ワタルとジョイントを回しながらまどろんでいると、少しずつそわそわし始めた。
脳の細胞が活発に動き始め、知覚の扉の重いドアがゆっくりと開く。
スピーカーからはスティービーワンダーが流れている、まるで僕の耳元で歌っている様に。

トイレに行き鏡を見ると、いつも見ている自分の顔が初めて見る他人の顔のようだ。嬉しいのか、悲しいのか、健康なのか、不健康なのか分からない、ただ一人の男が僕を見ている。
楽園はアシッドトリップには最高の環境だった。庭の植物達は、昼まで風景の一部だったのが嘘の様に存在感を示している。ただでさえ異世界のこの空間が歪んでいき、更なる異世界に僕たちを誘う。

ワタルが興奮した様子で話しかけてくる。
「ヤバいっすね。やっぱりエソン君をここに誘って正解だったっす。てゆうか多分最初から決まってた事なんですよ。あぁ、ヤバい、もう訳分かんなくなってきました。とりあえず出会えて本当に良かったです。」

僕の視界の歪みも最高潮に達して、渦巻く思考は高速回転していた。
ぐしゃぐしゃに曲がって行く空間を見ながら、僕は二年前インドで出会ったアントニーの事を思い出していた。

心優しい狂人、今なら彼の言っていた事が分かるかもしれない。
だって今僕が見ている景色は、彼が大切にしていたパレットそのものじゃないか。

様々な色が混ざり合ってマーブル状になっているパレット、僕らが普段見ている景色も正体はこんなものなのかも知れない。
時計を見ると信じられない事に3時間が経過していた。
時計を見た事をきっかけに僕の思考は時間について考え始めた。そもそも時間は僕らが考えだした概念で、本来は存在しない物だ。
そして僕らは’今’しか感じる事が出来ない、今にしか居れない。という事は、過去と未来は実際には存在しない事になる。
未来予想は予想にしか過ぎず、記憶は曖昧な物だ。もし、本当は今しか存在しなくて過去も未来も同時に現在に存在するとしたら、、
もし現実の正体がパレットのような物で、瞬間、瞬間に僕らが見ている様な景色を形作っているだけだとしたら、、

ずっとこの現在に存在できるモノ、現実を形作れるモノ、そいつは「意識」だ。
気づいた時には始まっていた人生の中で、ずっと僕と一緒に在ったモノ、この「意識」の中に全ての答えは隠されているはず。

もし神が存在するとするなら、それは「意識」の事かもしれない。
僕の凡庸な頭が一つの仮説を導きだした時、少し前に見たばかりのはずの朝日が昇りだした。朝の澄んだ空気の中を太陽光が駆け巡る。目に映る全てが輝き、世界が生まれ変わったような姿を見せる。小鳥のさえずる声が、歌の様に聞こえる。

頭がすっきりとして、体の毒素が全て抜けた様な爽快感だ。ワタルは昨夜の体験が余程強烈だったのか、椅子に座って呆然としている。気のせいか目が涙ぐんでいるように見えた。

僕の思考は未だ休まらない。
今度はタイで過ごした一週間について考えていた。この一週間は思い描いていたものとは遠くかけ離れていた。いや、こうなると分かっていた状況が目の前に現れて僕が受け入れられなかっただけかもしれない。寂しくて、他人に受け入れられない自分が恥ずかしくて、何かが不安だった。

希望を抱いて旅に出た。全てを変えたいと思っていた。
一体何をしにすべてを置いて海外に出てきたんだろうか?そうだ、僕はこれを求めていた。孤独を、葛藤を、苦難を、そして今感じているこの歓喜を。
旅に出ようと決めた時に抱いた志を思い出した。世界を肌で感じたい。強烈な体験がしたい。自分を知りたい。人生の探求を終えたい。

そしてソレを表現する。フィルターは何でも良い、アートだ。
そうだったんだ、この数日、旅に出てからずっと落ちていたこの数日、これで良かったんだ。完璧だったんだ。僕はこれを求めていて、そのとおりの体験をしたんだ。
体の中心からわき上がって来るエネルギーが体を震わせる。
僕は自由だ、何にも縛られていない。僕は孤独だ、誰にも縛られていない。
僕は何者でもない、肩書きには縛られていない。

僕を縛り付けていた鎖が、知恵の輪を解く様に少しずつ解けていく。
もう少しだ、もう少しで分かりそうだ。しかしLSDはヒントはくれるが答えは教えてくれない。いつも後少しのところで姿を消してしまう。

幻覚状態の視界は少しずつ正常に戻っていき、思考は落ち着きを取り戻し始めた。
ワタルはいびきをかきながら寝ている。
僕は椅子に深く腰掛けコーヒーを飲みながらジョイントに火を着けた。トリップの疲労感と、バッドトリップしなかった安心感、胸に詰まっていたわだかまりが晴れた事による爽快感、数日ぶりに感じる気持ちの良さを感じていた。

音楽を聴きながら余韻に浸って居るとT氏が起きてきて話しかけてきた。

「おはよう、昨日大丈夫だった?」

僕はいい体験が出来た事を伝えた。僕の心が晴れているからか不思議と居心地の悪さは感じない。むしろT氏と話をしたいと思った。

今までT氏に対して自分から積極的に話しかける事をしてこなかった僕は、聞きたいと思っていた事を質問した。一体T氏はどんな人生を生きてきたのか、何を思ってこの場所を作ったのか、なぜ僕がアシッドトリップする事を心配したのか。

T氏は僕の質問に答えてくれた。昔は旅人で数十カ国を何年もかけて旅した事、ニューヨークで皿洗いのバイトをしながらお金を貯めた事、80年代後半から90年代にかけての世界の様子、帰国したのち日本で事業を立ち上げ経営者として成功していた事、そして数年前に奥さんの死をきっかけにタイに来て、人生をゆっくりと過ごす為にこの場所を作った事。

あれだけ苦手だったT氏に少しだけ親しみを感じた。

「それから昨日心配だって言ったのは、君みたいなタイプを何人も見てきたからだよ。君の意識が内側に向きすぎている事は見てれば分かる。内省的なのは悪い事じゃないけど、そういう人が精神の探求を始めるとド壷にハマって戻って来れなくなる事があるから心配だって言ったんだ。もっと外側に意識を向ける様にしたほうがいいよ。」

60年代、サイケデリックレボリューションのまっただ中に居たヒッピー達はドラッグを使って精神の解放と探求に励んだ。
一部の者は答えにたどり着き、大多数は精神が崩壊するか薬物中毒者になったという。

T氏の話を聞いた後も、僕の高揚感は続いていた。例え戻って来れなくなったとしても構わない。僕は探求がしたくて、ソレを表現したくて旅に出たんだ。思い出した初期衝動は僕を突き動かす。シャワーを浴びて、荷物をまとめた。ワタルと楽園の住人達、T氏に挨拶をして、通りにでてタクシーを拾った。今日から僕はオーストラリアに行く。
また環境が変わり、僕の現実は変わっていく。

結局人生は上手くいく様に出来ている気がする。思い返せば、このタイでの一週間は出来すぎていた。最後にアシッドトリップでまとめをする為にそれまでの出来事が仕組まれていた様な。

とにかく、飛行機に乗り数時間過ごせば僕はオーストラリアだ。
ステージを変えて探求と創作を続けよう。

胸の中心に暖かいものを感じながら、しばらく見る事は無いだろうバンコクの景色を眺めていた。

〜2015タイ編終了〜
































11/09/2015

思索〜意識的である事〜

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朝目が覚める。カーテンの隙間から差し込む日差しが顔を照らしている。
昨日酒を飲み過ぎたからか、頭が痛い。

まだ半分寝ている体を起こして、コーヒーを湧かす。洗濯をしないといけない事を思い出して急いで洗濯機を回した。
熱いシャワーを浴びて、コーヒーを飲みながらゆっくりタバコを吸う。

今日も一日が始まった。いつもと変わらない朝だ。携帯をチェックしてメールを返す。

テレビを着けると芸能人が朝から元気に騒いでいる。
僕は今から仕事だ。何の為にやってるのか分からないけど、とにかく働かないといけない。そうだ、生活の為だ。

気づけばもう出ないといけない時間だ。同じ時間が流れているはずなのに朝は妙に時間が過ぎるのが早い。時間が幻想だって、何かの本で偉い奴が言ってたのを思い出す。

でも、今僕がその幻想に現実に追い立てられているのは間違いない。

新しい靴を履いて家を出た。いつものコンビニでコーヒーとタバコを買う。
習慣てのは恐ろしいもんで、もう何年も毎日朝はここでタバコとコーヒーを買ってる。
顔見知りの店員と挨拶を交わし、駅に向かう。
朝の駅ほど気分が滅入るものは無いかもしれない。

一番ゆっくりしたい時間に、混雑した場所で一番早い乗り物に乗るなんて馬鹿げてる。

イヤホンをはめて音楽を聞きながらSNSをチェックする。
電車の窓に映る自分を見て、自分がこんな顔だったのを確認した。

チャリンコで中学に通ってた時からもう10年も経ったのか。

そんな事を考えていたら、職場の最寄り駅に着いた。
いつまでこの仕事をするんだろうか。多分ずっとは無理だ。

職場に着くと見慣れた同僚達と挨拶を交わす。昨日と同じ光景、同じ匂い、同じ空気。
昼は何を食べようか、その前に仕事を片付けないといけない。

今日は暇だな。なんて思ってると洗濯物を干し忘れたのを思い出した。

あっという間に時間は経ち、もう夕方だ。帰ったら飲みながら録画したお笑い番組を見よう。帰りにスーパーでつまみでも買ってくか。

何か予定があれば良いけどそんなもんは無いし、そもそも金がないんだ。
週末も予定は無いしな。

サービス残業してる同僚を横目に僕は定時で帰る。給料以上に働くのは馬鹿げてる。
そういう奴が出世するんだろうな。いつから僕は努力できない奴になったんだっけ?
多分生まれた時からだ。

帰りの電車は朝よりきつい。人は少ないけど空気が。労働で疲れた奴隷達が死んだ顔で携帯とにらめっこ。お前ら馬鹿か。いや、僕もその一部だ。

家に帰って洗濯をし直して、シャワーを浴びて、つまみを作って酒を飲んだ。
このクソみたいな生活のささやかな癒しだ。
お笑いは大好きだ。笑ってる時は他の事は考えなくて済むから。

僕が売れっ子芸人だったらな。まぁ、あり得ないけど。

さぁ、そろそろ眠くなってきた。タバコを吸って寝よう。
ベランダにでてタバコに火をつける。向かいの家では家族がそろってご飯を食べてる。
空を見ると珍しく星が出ている。とても奇麗でしばらく見入っていた。


ここで気づく。あれ??いつの間にか一日が終わっている。朝ここでタバコを吸って始まった一日がもう終わっている。いつのまにか、今日が終わった。


僕らは一日6万の思考に支配されている。勝手に湧いてくる思考。
ずっとソレを追いかけて、気づけば目の前の景色はどんどん変わって、ふとした時に時間が進んでいた事に気づく。一日が過ぎ、一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎ、一年が過ぎる。
今日何をしたか、何を考えたか、ろくに覚えちゃいないのに。そしてある日ゾッとする。
もう、あれから10年も経ったのか、、、?

意識的であるべきだ。何も変わっていないようで全てが違う今この瞬間、目の前に全力で集中しているべきだ。自分が何がしたくて、何をしているのか忘れちゃいけない。
思考に流されたら、感情に流されたら、習慣に流されたら、いつの間にか人生は終わる。
未来を憂い、過去を悔やみ、そんな事をしてる間に今この瞬間は流れて行ってしまう。
僕らはいくつ歳をとろうと、どんな状況になろうと今しかない。今にしか居れない。
絶対に。思い描く未来は、今だ。一番かけがえの無いのは今だ。
とにかく今を生きるんだ。

て事を僕の疎い文章なんかより端的に、アランワッツが伝えていた。↓


時間に関する思索はまた今度。とにかく今。だって僕らが生きていられるのは今この瞬間、刹那のみだから。










11/08/2015

2013回想〜ガンジスと狂人とパレットと理解者〜

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「僕の言ってる事が分かるかい?本当に?」
アントニーは不安そうに何度も訪ねてくる。

「僕は友達って奴が居ないんだよ。ずっとだ。多分僕の頭がおかしいからだと思う。僕は絶対にパレットを洗わないんだ。こいつは歴史で、多分僕がキャンパスに描く絵よりも真実に近いと思うんだ。海よりもガンジスの方が神聖な気持ちになるだろ?そういう事なんだよ。」

アントニーの目は、不自然に光っている。顔つきは大人なのに目だけは生まれたての赤ん坊みたいに純粋無垢だ。そして同時に死んでいた。


2013年の夏、僕はインドの聖地バラナシにいた。刺激的だったインドにももう慣れてしまい、一日のほとんどをぼろ宿の屋上からガンジスを見ながらぼーっとする事に費やしていた。

ガンジスに昇る朝日は特別だ。誰だってあれを見ればバラナシが聖地と言われる所以が分かるはずだ。生活排水が流され、人間や動物の死体が浮かぶ汚いただの川が、朝日が昇る瞬間と日が沈む時は聖なる川に変わる。向こう岸には不浄の地が広がり、ガートで沐浴をする人達は祈りを捧げる聖者のごとく光っている。

アントニーはある朝突然やって来た。

「やぁ、何を見てるんだい?」
椅子に座りただ川の流れを見つめていると、僕の視界が突然人影で塞がれた。
上を見ると白人の男が僕を見下ろしている。

「何って、ただ川を見てただけだよ。」
変な奴だな、そう思いながら返事をするとアントニーは僕の隣に座って消え入りそうな声で、そうか、と一言つぶやいた。

インドを旅していれば変わった奴、もっと言えば頭のおかしい奴には日常的に出会う。
アントニーはその中でもとびきりおかしな奴だった。

アントニーはいつも同じ服を着ていた。シャワーを浴びるのにやたらと時間をかけるのにシャツはいつも同じぼろぼろのやつを着ていた。
アントニーは絵描きで、毎日同じ絵を描いていた。風景画の様な、抽象画の様な、何を描いたのか一見しただけでは分からない絵だった。

一度どこの風景を描いているのか訪ねると、子供の様に拗ねた様子で

「違うよ、これは人物画だよ。でも誰って訳じゃない。ただ人間を描いてるんだ。」

そう言って少し悲しそうな顔をした。

アントニーはロシア出身で、6年も前から一年の半分をインドで過ごしているらしい。
アントニーの親は貿易で成り上がった金持ちで、アントニーが絵描きとして活動している事を良しとしなかった。そして6年前、定職に就かず絵ばかり描いているアントニーは見放され、大金を渡され家を勘当された。
アントニーはその後旅に出ようと思い立ち、旅の途中立ち寄ったインドに魅了され毎年通う事になったらしい。

その日出会った僕らは何故かその後数日間一緒に過ごす事になった。
彼は僕より年上だったけど、僕らの関係は僕が兄で彼が弟みたいだった。

彼は僕が行く所に着いてきて、僕と同じ事をした。
金はあるはずなのに、僕が食べる現地の大衆レストランの安い飯を食べ、僕が買う安いガンジャを一緒に吸った。

アントニーは気分屋をかなり通り越した情緒不安定で、絵を描いている時に話しかけると迷惑そうに話しかけるなと言ってくるくせに、僕が一人で出かけたいというと今日死んでしまうくらい極端に落ち込んでいた。いつも同じシャツを着ているアントニーにいらなくなった僕のシャツをやるとガッツポーズをして喜んでいた。

僕らはいつも訳の分からない会話をしていた。もしガンジスが地球の血管だとしたら僕らは赤血球かそれとも白血球か、いや僕らはガンジスの中に居る訳じゃないから筋繊維の細胞の一つなんじゃないかとか、世界で一番美しいものは一番汚くて醜いものなんじゃないかとか、とにかく答えの無い抽象的な話を繰り返ししていた。
そんな訳の分からない会話が妙に居心地が良くてアントニーと過ごすだらだらした時間を僕も気に入っていた。

彼と過ごす数日はあっという間に過ぎていった。
僕が明日ネパールに向けて出発するという日の前の晩、いつもと同じ様に屋上で寝そべって月を見ながら話していた。

「僕はね、自分がおかしいって事はちゃんと分かってるんだ。どう考えたって周りと違い過ぎるから。でも、僕はおかしいのは僕以外なんじゃないかって思うんだ。だってそうだろ?何が正常かなんて分からないまま多数決をして、たまたま少数派だったのが僕なだけで、本当は僕が正常かも知れない。いや、多分全部間違ってるんだ。でもそれはそれで全部完璧なんだよきっと。僕の言っている事が分かるかい?」

アントニーは何か話す度に、僕が話の内容を理解しているか確認してきた。
僕が理解しているというととても安心した顔をする。

「僕の話はあんまり理解されないんだ。すごく当たり前の事を話しているつもりなんだけど、国の連中は僕の事を薬で頭がおかしくなった奴だって言って避けてくるんだ。でもね、僕は僕が本当の事を言ってるって思ってる。確かに多少頭はやられてるかもしれないけど、僕は本当に美しい物を見た事があるんだ。それは全部で、同時に一部なんだ、僕はそれをキャンパスに描こうと思ってる。でもいっつもパレットには勝てないけどね。」

今までで一番しっかりした口調で、はっきりと話すアントニーは別人の様に見え、僕が不安感を感じてしまうくらいに必死に伝えようとしていた。
アントニーの話は止まらない。

「つまりさ、僕がこうやって話して君が聞いている、ってことは君が僕に話してるってことでもあるんだ。ほら、僕がこうやって左右の手を組むだろ、僕らが出会ってこうやって話している事は、これくらいの事なんじゃないかって思うんだよ。実は何にも変わらないんだ。それが完全に分かった時に、僕は今までで一番奇麗な絵が描ける気がするんだ。分かるかい?君はきっと分かってくれるだろうな、こんな風に長く自分の思う事を正直に話したのは久しぶりだよ。前にいた病院で看護婦に話した時は興奮しすぎてすぐに鎮静材を打たれたけどね。いや、別に君が理解していなくたっていいんだ、だって本当は理解してるってことは僕が分かってるんだから。あぁ、今日は本当に気分がいいな。こうやって理解し合えるのは本当に気分がいいよ。」

アントニーはとても気分がいい様子でジョイントを吸っている。

僕は僕で当時精神世界の探求にのめり込んでいて、今よりも更にスピリチュアルに傾倒していたし、そういう内容の本を読みあさっていたからアントニーの言う事も多少は理解できたけど、彼と彼の話はぶっ飛びすぎていた。英語に疎い僕でも分かるくらいに話題は飛びまくるし、抽象度が高すぎて頭が追いつかない。
ただその分からなさが、気持ちよかった。

アントニーの話がひととおり終わり、明日出発の僕は先に寝る事にした。
屋上から部屋に戻る時に見たアントニーは月明かりに照らされながらじっとガンジスを見つめていて、とても奇麗だった。

その日は良く眠る事が出来た。
最後に一緒に朝食を食べようとアントニーを探すと、アントニーは部屋にも屋上にも居なかった。
枕元に一枚のメモが置いてある。

”僕も今日移動する事にする。僕はSNSをやってないから連絡先は交換できないけど、きっとどこかでまた会うと思う。その時までに僕が見た一番美しいものを絵にしておくよ。
君と知り合えて良かった。君がくれたシャツは大切にするよ。
君が良い旅が出来る事を祈ってる。これは君の心の旅のお供に。”

メモと一緒に小さな紙切れと食べかけのチョコレートが置いてあった。

彼は本当に描きたい絵が描けたんだろうか。今もインドを放浪しているんだろうか。
たった数日しか一緒に居なかったけど、僕は今もこの愛すべき狂人の事を思い出してしまう。










11/05/2015

楽園と人間と心(フィクション)

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「ここで止めて。」
ワタルが通じるはずの無い日本語でタクシー運転手に話しかけた。
何故通じたかは分からないが運転手は理解したらしく車は止まった。荷物を降ろし、二人で歩く。楽園はすぐそこだ。

その場所は日本の田舎の様な場所で、背の低い民家が立ち並ぶ住宅街だった。
大きな仏塔の脇を通り抜け、街灯もない夜道を歩く。この数時間で沈黙が苦痛に感じない程度の関係を築いていた僕らは特に会話する事も無く黙々と歩く。
二人の足音だけが静かに響いている。

「ここっすね」
ワタルが立ち止まった。住宅街の一角、他の家とは明らかに質の違う木で出来た外壁が現れた。高級ログハウスの様な雰囲気のその場所は、普通の家が建ち並ぶこのエリアで明らかに浮いていた。

僕らは楽園にたどり着いたらしい。ドアを開け敷地内に入ると、想像どうりログハウスが現れた。敷地の右手に9つのゲストルームがあり、左側には二階建てのリビングスペースが有る。リビングスペースには壁が無く南国の家の様な雰囲気だ。
建物内と庭の至る所に植物とオブジェ、絵画などのアートが飾られている。他にも、サイケデリクスを接種した時の視覚効果に配慮したと思われる蛍光色に光る石や、宗教関係の置物が置かれており、リビングスペースの本棚には、ビーヒアナウやチベット仏教死者の書、ティモシーリアリーやオルダスハクスリーなどのニューエイジ系から素粒子物理学の本まで幅広く置かれている。

敷地内全体がヒッピー的生活を前提とした作りになっていて巨大なチルスポットのようだ。一体この空間を作り上げたのはどんな人物なのか、どんな奴らが滞在していてどんな生活をしているのか、疑問と興味が一気に湧いてくる。

「オーナー呼んでくるっす。」
ワタルが二階に上がって行った。しばらくするとワタルがオーナーを連れて降りてきた。
オーナーはT氏という50代の男で、インテリがヒッピーカルチャーに傾倒しそのまま歳をとった感じ、とでも言おうか、要するにモロな雰囲気の男だった。上下ともに麻生地で作られている緩い服を着て首にはネイティブ風のネックレス、髪は短髪だが襟足に一本だけドレッドが編まれている。
T氏は深夜の訪問客である僕を怪訝そうな目つきで見ている。
苦手なタイプだ、目が合った瞬間にそう思った。

怪しむT氏の様子を気にするでも無くワタルは僕の事を紹介する。
深夜のカオサンでたまたま会って意気投合した事、この場所の事を話して来る事になった事、僕がいかにロックか。(ワタルの個人的な感想で、僕自身は全くロックではない。)

ワタルの紹介が終わるとT氏はやっと了解したようで部屋を案内してくれた。
やはり話すとさっき感じた苦手な印象が少しづつ間違っていなかった事が分かってくる。

T氏は曖昧なやり取りを許さない。何気ない会話の言葉尻をとらえて、追求してくる。僕がどうでもいい事と判断する事をT氏は良しとしない。

何故そんな事の正確さにこだわるのかと思う所で会話が止められ、キャッチボールがスムーズにいかない。なによりT氏は会話の時に僕の心の裏を見るように目を見つめてくる。心を見透かされているようで居心地が悪い。いら立ちを隠しながらT氏の説明を受け、他の住人を紹介された。

僕とワタル以外は4人の住人が居て、俳優、音楽プロデューサー、ウェブデザイナー、一人旅でアジアを廻っているDJ,皆僕よりも年上で見た目も肩書きも変わっている奴ばかりだった。2階のリビングスペースに行くとガンジャの匂いが立ちこめていて、テーブルの上には巨大なボング、灰皿にはローチが山積みだ。スピーカーからは民族音楽が流れている。

僕に気づくとテーブルを囲んでいた4人が一斉に半開きの赤い目を向けてくる。T氏同様に住人達も深夜の訪問客である僕を怪しむ目つきで見つめてくる。
気まずい空気を感じていると、ワタルが僕の紹介を始めた。ワタルは空気を気にしない。というよりも鈍感と言ったほうが正解だろう。場にそぐわない高めのテンションで僕の紹介を終えると席に着いてバッズを砕き始めた。人間関係における感度はそのまま生きる上での難易度と比例する。空気を読みすぎる事は言動、行動の制限につながるからだ。

遅れて2階に上がって来たT氏が席に着き声をかけてきた。

「君ジョイント巻けんの?巻いてみてよ。」

試す様な言い方だ。
おいマジで言ってんのか?今まで何本巻いてきたと思ってる?あんたより上手く早く巻けるよ。下らない僕の小さなプライドが叫んでいる。こういう場ではいかに上手くジョイントを巻けるかなんてクソみたいな事がステータスになったりする。要は僕がこの小さな世界でどれくらいのレベルか見たいらしい。

僕はふわついている心を落ち着ける様にジョイントを巻く事に集中した。
バッズを砕くときは細かすぎず雑にならず、クラッチは丁寧に作る、巻くときは裏巻きで素早く。キレイなジョイントが巻けた。
出来上がったジョイントを渡すとT氏の中での僕の値踏みが終わったらしく「ふーん。」と一言言って火を着けた。

ジョイントが廻る、誰かが吸う、誰かが巻いている。
僕は未だに居心地の悪さを感じていた。久しぶりのマリファナはかなり効いていた。
ジョイントは次々に廻ってくるけど、断る事はしない、落ちるなんてもってのほかだ。小さなプライドを守るため重くなった瞼を必死に持ち上げていた。

スピーカーから流れる民族音楽に意識が持っていかれる。
旅をしていると良くある事だが僕は複数人との初対面が苦手だ、さらにマリファナを吸うと敏感になってしまい、誰かの言動の一部分が妙に気になったり、僕の悪い癖である他人からどう見られているのか、という思考がより強くなり無意識的に自分を取り繕おうとして不自然さに拍車がかかる。リラックスできないのだ。

会話に入っていけない。こういう時にただハイになって何も気にせず話が出来る奴をうらやましく思う反面、何も考えていない奴だと思ってしまう。
僕以外が馬鹿なのか、僕だけが馬鹿なのか、多分どちらでもないんだろう。

煙は止まる事無く室内を揺らめいている。
僕は会話に参加する事を諦め、また自分について考えていた。

「人間の悩みは全て人間関係に帰結する、そして人間関係で傷つかないことは基本的にあり得ない。」

数日前に読んだアドラー心理学の一説が頭に浮かんだ。そうだ、僕は人間関係で悩んでいる。

僕は認められたいのだ。いつも何処でも、自分が存在している事を、その価値を誰かに認められていたい。今この瞬間感じている居心地の悪さは自分が認められていない様な気がして自分の価値を否定されている気がして安心出来ていないのだ。今まで認められる為、存在を許されるため、いつも僕は何者かであろうと仮面を被っていた。場所によって、人によって、自分を変えることは精神的な疲労を伴い、次第に人に会う事を避けるようになっていった。

ありのままの、そのままの僕は優等生で精神的に弱く、人目が気になり、プライドが高く、自分を信じる事が出来ないださい奴なのだ。人と違う生き方がしたい、特別でありたい、そう思いつつも心の奥底で皆と一緒である安心感を求めている。そして何よりも問題なのはそんな自分を受け入れる事が出来ていない事だ。

これを乗り越えて心の安楽を手に入れる為には全てを諦めるか、今この自分を完全に受け入れるしか無い。自分を知り、自分と向き合う事は旅のテーマの一つで、こういう事を望んでいたはずが、いざ自分の見ない様にしていた部分と向き合わされると直視する事が出来ず、気づけば完全にバッドトリップに陥っていた。

そんな僕の心の内を見透かした様にT氏は時折意味深な視線を向けてくる。
強い視線、まるで僕が嘘つきでたった今裁判にかけられている様な気になってくる。T氏はよく人間を見ている。苦手な感じの正体はこいつだ。

「それで本当のお前はどうなんだよ?」

そう言われているようで仮面を持つ手が震えているんだ。


「エソン君、ヤバい映像PCに入っているんで部屋で見ましょうよ。」

会話も続いているし、どう考えてもおかしいタイミングでワタルが僕を誘ってきた。ワタルは僕が会話に入れていなかったから、なんて理由で僕を誘う様な奴じゃない。ただ今このタイミングで、見たい映像があって興味を持ちそうな僕を誘った。ただそれだけの事だ。それでもこの時はワタルに救われた。あれ以上あの輪の中で気を張りながらやり過ごす事はしたくなかった。僕らは皆に部屋に行く事を告げてワタルの部屋に行った。

PCからワタルの好きな日本のロックバンドの古いライブ映像が流れている。
刺青だらけの男が腕に注射器を指したままギターを弾いている。
ワタルは隣でいびきをかいている。

僕は抜けきらないマリファナの効果を感じながらまた同じ事を考えていた。
なぜ僕はありのままでいれないんだろうか、僕のありのままとは何なんだろうか。
物心ついた頃から感じている集団の中で感じる疎外感、人の目を気にする事、その無意味さも分かっているのに僕の反応はいつも同じで同じ所をループしている。

何時間経っただろうか、部屋の外に出ると朝日が昇っていた。庭の植物が朝日に照らされ朝露で煌めいている。

同類の人間を求め起こした環境の変化は更なる苦悩を運んできた。
ワタルは幸せそうに眠っている。

僕が見るべきなのは天井のファンでも、ロックバンドでも、女の体でもないらしい。
やはりこの複雑怪奇な自分自身みたいだ。

皆が寝静まった楽園のハンモックに寝そべって新しいジョイントに火を着けた。




















11/01/2015

僕とロックと未来のヒーロー(フィクション)

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この日も僕は一人だった。
もうやる事も無ければ、何かをやる気も起きなくなっていた。
日の当たらない安宿のベッドに寝転び天井を見つめていると、もうここから動き出せない様な気がしてくる。何の為に海外に出てきたのかさえ忘れてしまいそうだ。創作もしていないし、文章も書いていない。

ここにいてはダメだ、宿を変えよう。
そう決めてすぐにバックパックに荷物を詰め込んで部屋を出た。移動は心を軽くする事をこの数年で僕は学んでいた。言い換えれば逃げ癖が着いたのかもしれない。

数日ぶりにバックパックを担いでカオサンロードを歩く。すれ違う旅行者達を見ていると僕以外全員カップルか家族連れなんじゃないかと思えてくる。早く歩かなければこの空気に絡めとられて動けなくなりそうだ。

新しく選んだ宿はカオサンロードをチャオプラヤ川方面に抜けた先にある、有名な日本人宿だ。とにかく、話がちゃんと通じる誰かと会話がしたかった。

きっと僕と気が合う奴がいて今夜は飲みに出かけるだろう。この孤独感も嘘みたいに消えるはずだ。全てを忘れて下らない話で笑おう。

そんな希望は一瞬で打ち砕かれ、数時間後、僕は同じようにベッドに寝そべって天井を廻るファンを見つめていた。
確かに日本人宿だけあって数人の日本人が滞在していたが、僕とはタイプが違いすぎる奴ばかりだった。彼らとのお決まりのうすっぺらい会話を適当にやり過ごすと、部屋に引きこもった。
実際に何が違うのかは分からない。ただ、明らかに相容れない事は少し話しただけで明白だった。学生ノリの雰囲気や、希望に溢れすぎている旅人達の会話に着いていけない。
あれだけ人恋しかったのに、一人になりたいと思った。
僕は彼らとは違う、そんな風に思ってしまう。勘違いだって事も分かっているし、そんな風に気取っている自分を責めてもいる。どちらかと言えばおかしいのは僕で、端から見たら痛い奴なんだろうけど無理なものは無理だ。少なくとも今は。

何もしていなくても時間はあっという間に経ち、日が沈んだ。
僕は酒を飲みに行く事にした。そんなに強くない酒をここ数日毎日飲んでいる。
素面で過ごすには夜は長過ぎるからだ。

今日一日で体に染み付いた怠惰やネガティブの匂いを落とすようにシャワーを浴びて、新しいシャツを着て街に出た。
行き先はここ数日通っているレゲエバーだ。その店はカオサンの裏通りにあって、怪しい雰囲気が漂っている。小さな店で席は10席ほどしかなく、一風変わった奴らが集まっている。この店は大きなスピーカーが置いてあって、クラブに近い音量で音楽が聴けるのがお気に入りの理由だった。

ここ数日ですっかり顔見知りになったオーナーと挨拶を交わし、席についてビールを飲んだ。

この日はライブの日らしく、カウンターの前でドレッドの男が歌っている。
彼がアコースティックで歌うボブマーリーが最高にかっこ良くて僕の酒も進む。
店内の客は僕一人で、一対一の贅沢なライブだ。曲の合間に彼と会話する。
彼はフランス出身で、ギターを持ってレゲエを歌いながら世界を旅していたらしい、そして途中で行き着いたバンコクが気に入り、今はバンコクに住んでレゲエシンガーとして活動している。

彼に君の歌が好きだ、と伝えると何かリクエストはあるか?と聞いてきた。
君のオリジナルが聞きたい、出来れば明るい気分になるやつがいい、そう言うと男はウインクしてギターを弾きだした。
男がドレッドを揺らしながらギターの弦をはじく。

「中東じゃ人が殺し合っている、アフリカで飢餓で死ぬ奴がいる、誰かが病気で苦しんでいる、ニューヨークはジャンキーの墓場だ。俺はいつも笑ってる、最後に俺が死ぬときは、タイマッサージを受けながら極楽気分で死んでいく。なにがあっても笑っていれば、俺はいつでもハッピーなんだ。」

曲も彼も盛り上がっていき、僕も自然と体が揺れる。少しふざけた彼の歌詞が心を明るくしてくれる。人間の幸、不幸は本人次第で、絶対の条件があるわけではないはずなのに僕らは曖昧な物差しでそれを計ろうとする。
何があっても笑っていられる男になりたいと思った。

ライブで感動したのは久しぶりだ。手が痛くなるほど拍手を送った。
僕らはレッドストライプで乾杯して、もう一度彼にボブマーリーをリクエストした。


Get up stand up が終盤にさしかかった時、一人の客が入って来た。
そいつはアジア系で、ぼろい服に女みたいな黒の長髪、目つきが悪く赤く充血している。
見た目は全く違うけど僕と同じ匂いがした。

「もしかして日本人ですか?」
僕がボブマーリーに聞き入っていると話しかけられた。急に聞こえてきた日本語に少し驚き隣を見ると、奴が充血した細い目をこっちに向けている。

「そうだけど」
僕が無愛想に答えると、そんな僕の態度はおかまいなしに奴は僕の席にやって来て自己紹介を始めた。

そいつの名前はワタル(仮名)で、歳は19歳とかなり若い。見た目からは信じられないがまだ学生らしく、夏休みに旅行でタイに遊びにきたらしい。少し話して僕らは意気投合した。ワタルは見た目どうりに生意気で、敬語もろくに使えない奴だ。本来なら嫌いなタイプのはずが何故か僕らは仲良くなった。

僕も自己紹介し、日本で何をしていたか、何故旅に出たか、ここ数日の事や今日感じた憤りまで話した。酒の力も手伝って僕はいつもより饒舌になっていた。

ワタルが細い目を見開いて言った。
「めちゃくちゃロックっすね。俺も学校終わったら海外に出ようと思ってるんスよ。日本つまんないし。息苦しいっすよ。そんな感じっすね。」

僕がロックかどうかはさておき、ワタルの判断基準はロックかロックじゃないか、それが全てらしい。
ノエルギャラガーをリスペクトしていて携帯の待ち受けは山口富士夫の写真だった。
僕はますますこいつが気に入った。僕は馬鹿で変な奴が好きだ。

「そういえば、こっちで何かゲットしました?」
ワタルがニヤつきながら聞いてきた。好き者同士だから通じる主語のない会話。
何を?なんて野暮な質問は無しだ。

「いや、バンコクは今厳しいから探してもないよ。」
当時のバンコクは爆破テロの直後で街には警察が溢れていたし、数年前からカオサン近辺はプッシャーと警察が手を組み、プッシャーから買うと直後に警察が現れ見逃す代わりに大金を要求されるという手口が流行っているという話を聞いていた。
そんな状況でリスクを冒すほど僕はジャンクじゃない。それでもワタルの質問に少し胸が高鳴ったのは、僕が心のどこかで求めていたからだろう。

「そうなんすか?俺余裕でしたけどね。てゆうかテロとかあったの知らなかったっす。まぁ知ってたとしても関係ないっすね。今すげぇいい所に泊まってるんで。マジヤバいっすよ。」

僕はワタルのこの話に食いついた。聞けばワタルはカオサンから車で1時間ほど離れた所にある宿に泊まっているらしく、そこは軽井沢の別荘のような雰囲気で、オーナーがモノを売ってくれる上に宿泊費も安く、口コミで好き者が集まる、僕らみたいな人間にとっての楽園らしい。

「絶対来た方がいいっすよ。今いる人達も面白い人ばっかりだし、音楽も爆音で聞けるし、てゆーかこの情報が入った時点で呼ばれてますね。」

人は自分に必要な事以外は目の前に現れない。僕はそう思っている。そういう意味でワタルの言っている事はもっともだ。この時点で時間は深夜、僕が宿にチェックインしてから数時間しか経っていなかったが、僕は迷う事無くワタルが滞在している宿に行くことにし、2人で急いで宿に戻って荷物をまとめた。ベットで天井を見つめていた時が嘘の様にテキパキとパッキングする。やっとここ数日間の流れが変わる、今必要なのは変化だ。

受付の男がたった数時間でチェックアウトすると言い出した僕の顔を不振そうに見つめる。自己紹介程度の会話しかしていない日本人達もキョトンとした顔で僕を見ている。

「エソン君、絶対ここは馴染めないっすよ。種類が違いすぎるっしょ。」
ワタルがヘラヘラ笑っている。
それは違うと思いつつも、自分が感じた彼らに対する違和感を肯定された気がして、少し安心した。おかしいのは僕だけじゃない。

宿を出た僕らはタクシーを拾って行き先を告げた。
現実は少しのきっかけで一瞬で動く。もしあのバーに行っていなければ、僕のタイでの思い出の大半は天井で廻るファンの光景になっていたはずだ。人生が映画だとするなら、ここ数日の僕の映画はクソつまらないアートフィルムの様なものになっていた。待ち人は新たな登場人物で、重要なシーンの切り替えに一役買った。

タクシーはスピードを上げカオサンが遠のいていく。
街の至る所で警察が検問を張っていて、前方100メートルの距離で警察が待ち構えている。

「あー、今止められたらだるいっすね。」
ワタルの貧乏揺すりがテンポを上げる。僕はかぶっていたフードを脱ぎ、笑顔で警察に挨拶した。声をかけられたくないときはこっちからかけてやればいい。
僕の作戦は的中して、車は止められる事無く検問を通過した。

タクシーは順調に走り、バンコクの町中から郊外に向けて走っている。

「俺思うんですけど、世の中が悪くなる方がいいアーティストが出てくると思うんですよね。ボブマーリーもジョンレノンも、ピストルズも世の中が荒れてる時に出てきてるんですよ。バンコクもこんな感じだからもしかしたらヤバい奴出てきますよ。日本も最近デモとかあるしヒーロー出るかもっすね。まぁでも日本は骨のある奴いなそうだから俺がなってやろうかなって思うっす。そんな感じっすね。」

ワタルが窓の外を見ながら夢を語っている。

僕は適当に相づちを打ちながらワタルが渡してきたエリミンを舐めていた。

タクシーは未来のヒーローと僕を乗せて楽園に向かう。













10/26/2015

SAK-YANT3〜忘れぬように〜

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改めてサクヤンを入れる事を決意した僕は施術を待つ人達の列に並んではみたものの、何から何まで分からない事だらけだった。
入れたい図柄は選べるのか、お布施や供え物はどうすればいいのか、この場のルール。
誰かに聞こうと思うが、周りを見渡す限り英語が通じそうな人がいない。

周りの人達もいきなり列に加わって来た外国人に驚いた様子で、これまで全体で作りあげていた空気も異物が入った事によって壊れてしまった様な気がする。

僕は一度この場を離れて誰か英語が通じそうな人を捜す事にした。

寺の境内を歩いていると、向こうから三人組の男が歩いて来た。
三人とも歳は20代前半だろう、見るからに不良で三人のうち二人は手首まで刺青が入っている。どう見てもお寺には合わない奴らだ。
僕は彼らに声をかける事にした。三人のうち一人の腕がサクヤンで覆われていたからだ。

「こんにちは。突然悪いんだけど助けてくれないか。僕は日本から来て、サクヤンを入れたいと思っているんだけどルールがいまいち分からない。よかったら案内してほしい。」

出来るだけ丁寧に話した。
三人が顔を見合わせる。真ん中の一人が口を開いた。
「お前サクヤンが欲しいのか?外人はたまに来るけどアジア人は珍しいな。サクヤンは普通のタトゥーに比べてかなり痛いけどお前大丈夫か?」

明らかに馬鹿にした感じで言って来た。僕の馬鹿に丁寧な口調も手伝って、彼らの目には僕がかなりひ弱な奴に見えたんだろう。左右の二人はニヤついてやがる。
彼らは一応英語が通じるし、サクヤンにも慣れている様子だ。彼らに案内してもらうのがいいと考え、いらつきを抑えながら答えた。

「大丈夫だ。その為にわざわざタイまで来たんだ。」

三人がタイ語で会話している。面白いから案内してやろうぜ、そんな事を話しているように見えた。

「OK.じゃあ着いてこいよ。まず花と線香のセットを買うんだ。」
とにかく僕はガイドを見つけた。彼らの案内に従って花と線香のセットを買う。
同時に小さな皿を渡された。

「ここに花と線香、お布施の25BHT(日本円で150円程度)を入れるんだ。それを僧侶に渡して、刺青を彫ってもらう。僧侶の前に行ったら腰を屈めて手を合わせろ。敬意を示すんだ。」

僕は皿を持って僧侶のいるところに向かった。4人のうち誰に彫ってもらうか迷ったがネットで見た事のある人に彫ってもらう事にした。彼は室内で施術を行っていた。
VICE で女性記者が彫ってもらっていた、あの場所だ。
室内では2人の僧侶が刺青を彫っている。僕は皿を持って部屋の隅に腰を下ろした。
案内してくれた男が僕の方を指差しながら僧侶に何か話している。
僧侶が頷く。

男が近づいてくる。
「お前の事を頼んでおいたからあとは大丈夫だ。今日の受付は今部屋にいる人間で終わりだからお前は一番最後だ。図柄は選べる。順番を待って、自分より1人、2人先の人間の施術を手伝うんだ。自分の順番の時は僧侶に必ず敬意を示す事。俺はもう行くから頑張れよ。」

もう行ってしまうのか、そう思いながら僕は男に礼を言った。
後は待つだけだ。室内を見渡す。12畳ほどの室内に20人ほどの人がおり、施術を受ける者以外はそれを取り囲むように座り、皆静かに押し黙っている。
時折一言二言会話がある程度で、窓の外の樹が風に吹かれ葉が揺すれる音がよく聞こえる。
今まで味わった事のない厳かな空気が流れている。やはりこれは宗教儀式なのだ。
かといって息苦しい訳ではなく、皆リラックスしている様子で、緊張しているのは僕だけみたいだ。
一人、二人と施術を終え部屋を出て行く。
小刻みに震える奴、ぶつぶつと何かを唱えている奴、全くの無表情で微動だにしない奴、施術を受ける者の反応は様々だ。

共通していたのは、男も女も施術を終えるとすっきりした顔で、なにか達成感の様なものを感じているように見えた事だ。そして誰もが強い信仰心を持ち、僧侶に対して尊敬の念を持っていた。

自分の順番が近づいてくるにつれてナーバスになって来た。
一体僕は何をしているんだろうか?言葉の通じない外国人の中に混ざり、異様な空間の中にいる。数日前まで日本で普通の日常を過ごしていたのに。
それにやはりサクヤンはかなり痛そうだ。負うリスクもかなりのものだろう。第一に衛生面は全く期待できない。何よりも僕は今から刺青を入れるんだ。僕みたいな奴にとってはそれだけでも大事なのだ。
周りのリラックスした空気に反して僕の緊張は高まり、落ち着くことが出来ず何度もトイレに行く。

周りの人達は目が合うと笑顔を向けてくれるけど、ひきつった笑顔を返す事しか出来ない。

室内からはどんどん人がいなくなり、僕の一つ前の男が施術を受ける番になった。
僧侶がジェスチャーで男の体を抑えるように指示して来た。
既に刺青だらけの男が僧侶に背を向けて座る、僕ともう一人で体が揺れないように抑える。触れると分かる、体が小刻みに揺れている。男は固く目を閉じ、痛みに耐えている。
僕の緊張はピークに達していた。
次は僕の番だ。

男の施術は15分ほどで終わった。

僧侶が僕に服を脱ぐように言ってきた。視界が狭まり鼓動が早くなる。
服を脱ぎ僧侶の前にひざまづき、花と線香、お布施を渡し手を合わせ頭を下げる。足が震える。
入れたい図柄を伝え、僧侶に背を向けて蓮華座を組んで座る。抑える役目は僕の前に施術を終えた男達が手伝ってくれた。
「リラックス」
男が耳元で言ってきた。

背中を消毒される。緊張で感覚が敏感になっているからか、消毒液がやけに冷たい。
一突き目は突然やってきた。

40センチのロッドが皮膚を刺す。
あまりの痛さに体が震える。僕を抑える男の腕に力が入った。
僕は集中して痛みに耐える為手を合わせ目を閉じた。
針はリズミカルに上下し、僕の体を突いている。こんな痛みに何分も耐えられるんだろうか?痛みを感じる感度は人によって様々らしいが、僕は敏感らしい。気を抜いたら失神しそうだ。

もしこの激痛が数時間続くと言われれば僕は自ら命を絶つだろう。
それくらいの痛みだ。

極度の刺激は極度の集中を引き起こす。
普段あれだけ余計な事を考えているこの頭が、この時は痛み以外になにも無く真っ白だった。僕は少しでも痛みから気を紛らそうと呼吸に意識を集中する。
目の前で合わせた手から汗が流れてくる。
どこの毛穴から汗が流れたか分かるくらいに僕の感覚は敏感になっていた。
不思議と僕を抑えている男の手の感触は感じない。

頭の中で絵が見える。
真っ白の背景に黒い蛇が蜷局を巻いている。蛇は針の刺激に合わせて踊っている。
施術が進むに連れて蛇の動きは激しくなり、円を描くように動き出した。

サクヤンによってトランス状態に陥ることはよくあるらしく、彫った図柄が動物であればその動物が体に乗り移ったり、失神して泡を吹いたりする人もいるらしい。
アンジェリーナジョリーは白目を剥きぶつぶつ独り言を言い出したそうだ。
そういう話は知っていたけど僕は信じていなかった。素面でそんなことになるはずが無い。
しかし、今思えばこの時僕はトランス状態に入っていたのかもしれない。自意識は保っているもののビジョンがはっきりと見えすぎていた。

痛みと真っ白な背景、黒い蛇、静まった思考、これらが合わさり少しずつ快感に変わってきた。胸から言いようの無い何かがこみ上げてくる。
首から数滴の汗が流れ落ちた。


20分ほど経っただろうか、突然針が止まり痛みが無くなった。
後ろからぶつぶつお経の様な声が聞こえる。
これはカタという呪文の様なものらしく、サクヤンに力を宿す特別な文言らしい。
蛇が描く円の中心から黒い煙の様なものがじわじわと湧き出てくる。
カタが止んだ。僧侶が僕の体に彫ったサクヤンに息を吹きかけた。
円の中心から湧き出てきた煙が一気に中心に引き込まれていき何かが僕の体に入ってきた。確かにそう感じた。

僧侶が僕の肩を叩いた。
終わったらしい。僕は合わせていた手を離し、ゆっくりと目を開けた。
目を閉じていたから全く気づかなかったが、いつの間にか目の前に数人のギャラリーが出来ていた。外国人がサクヤンを入れる姿が珍しかったんだろう。
目の前で僕を見ていた男が親指を立てて微笑んだ。痛みから解放された僕はやっと笑えた。

たった20分程座っていただけなのに足が酷く痺れている。変に力を入れていたせいだろう。僕は腕の力を使ってなんとか僧侶の方に向き直り手を合わせ頭を下げた。

仏頂面だった僧侶が満面の笑みで手を合わせ、僕に会釈した。
僧侶が部屋を出て行き、僕の施術を見ていた人達も部屋を出て行く。

僕の興奮は収まらない。鼓動は未だに早く、痺れが抜けた足は小さく震えていた。
鞄からノートを取り出して、体験した事とこの気持ちを忘れない様にメモを書いた。

サクヤンを入れたところで特別な力を手に入れたり、何かすごい才能が開花したり、そんなことはないだろう。それでも自分のやりたい事の為にリスクを冒し痛みに耐え、欲しいものを手に入れた、これは僕にとっては大きな事だ。

サクヤンを手に入れた満足感と、痛みからの開放感でハイになってきた。
窓の外を見ると日が沈み始めている。

久しぶりに感じるナチュラルハイに浸っていると、僕を案内してくれたあの男達が部屋に入ってきた。
彼らに礼を言い、サクヤンを見せた。

僕らは無言で握手を交わした。

「サクヤンの力はマジだよ。俺は今まで何度かもうだめだってくらい危ない目に遭ってるけど不思議と助かってる。最初はただのタトゥーだと思ってたけどこいつの力は本当だ。今日からはサクヤンがお前を守ってくれる。どういう事か分かるか?」

腕がサクヤンに覆われている男が僕に問いかけてきた。
質問の意味が分からず答えあぐねていると、男がまっすぐ僕の目を見つめて言った、

「いつでも戦え、挑戦しろって事だよ。」

僕らは再度握手をして分かれた。

この旅で最初の僕の小さな挑戦が終わった。


10/22/2015

SAK-YANT2~ワットバンプラと護符〜

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ド派手なトゥクトゥクに乗る事30分。
ついに僕は目的地、仏教寺院ワットバンプラに到着した。

僕は興奮していた。ネットで見た異国の場所、しかも観光客はそう訪れないであろう場所に実際にやってきたのだ。

「着いたぞ!ここがワットバンプラだ。まず左奥の建物に入ってお布施を払ってお祈りしてもらうのがルールだからな。」
運転手に礼を言い、トゥクトゥクを降りた。
 
大きな門をくぐると敷地内には5つほどの建物があり、そのどれもがタイ仏教独特の派手でサイケデリックな装飾が施されている。
他にも敷地内の数カ所に日本ではまず見られないであろう変わったデザインの仏像や、オブジェが置かれている。

また寺院の建物があるエリアの隣には100平方メートルほどの屋台エリアがあり、食材やちょっとした食べ物を買う事が出来る。

僕は運転手に言われたとうりに左奥の建物に向かった。
中に入ると正面に仏像があり、部屋の左奥に僧侶が一人座っている。
部屋の入り口に受付の様なものがあり、そこで花と線香のセットを買い、25BHTのお布施と共に僧侶に渡し、お経を読んでもらう。
僕は周りの人の見よう見真似でなんとかお経を読んでもらった。
タイ語で読まれる初めて聞くお経が脳内でこだまする。

後で知った話だが、この建物にはこの寺を代表する僧侶だったルオンポープン師の亡がらが祀られているらしい。

最初にするべき事を終えた僕は建物の外に出た。
本番はここからだ。ネットで得た情報を頼りに敷地内右奥の建物を目指す。
不気味なオブジェを通り抜け、奥に進む。右奥の建物の軒先で人だかりが出来ている。


見つけた。

ワットバンプラは日本のお寺と比べればかなり変わった作りだが、ここタイにおいては一般的なごく普通のお寺だ。しかし決定的に違うところが一つある。
ここでは、僧侶による伝統刺青、サクヤンの施術が行われているのだ。
僕はこのサクヤンを手に入れる為にここまでやって来た。

サクヤンとは、、
タイで一般的に見られる幾何学模様や動物をモチーフにしたタトゥーで、一見して仏教関連だと分かるものだ。施術は特殊な秘技を身につけた僧侶やアチャーンと言われる人のみが行う事が出来、一般的なタトゥーと違い宗教的側面が強い。
サクヤンを体に刺れることで運命を変える力や悪い宿運から逃れる力、また悪霊から主人を守る力が宿ると信じられている。
タイではサクヤンを入れている人を多く見かける事が出来、主に労働者階級の人達が立身出世や無病息災を願い体に入れるらしい。

そのルーツはクメール王朝時代にまで遡り、当時のタイの戦士が戦いにいく際、戦士を守る護符として僧侶が戦士の体に彫った事が始まりだと言われている。
サクヤンを入れた戦士は敵の弾に当たらず、刀で切られる事もなかった事からその魔法の様な効果が信じられるようになった。

近年ではハリウッド女優のアンジェリーナジョリーがサクヤンを入れた事で世界的にその名が広まった。

僕が初めてサクヤンの事を知ったのは二年前、初めてタイを訪れたときにたまたま知り合った日本人の旅人にその存在を教えてもらった。
刺青が欲しいと思っていたけど特に入れたい絵が無く保留していた当時、僕はサクヤンに魅了された。僕好みの幾何学模様のデザイン、何よりも実家がお寺でルーツが仏教にある僕にとって伝統仏教刺青という部分が決めてだった。
僕の最初の刺青はこれだ、いつか必ずサクヤンを手に入れよう、そう思った。

その後二年間サクヤンは僕の頭に残り続け、インターネットメディアVICEでサクヤンと、ワットバンプラで行われるサクヤンの祭りが取り上げられた時は何度も動画を見返して手に入れる日を夢見ていた。



お寺の境内、寺院の軒先、目の前でサクヤンの施術が行われている。お寺と刺青、僕の中で相容れない物が同時に存在している。施術待ちの人達はリラックスした様子で順番を待っていた。
皆一様に上半身裸で背中にはびっしりとサクヤンが彫り込まれている。
施術をしている僧侶は計4人。軒先に二人、室内に2人、それぞれに施術待ちの人達が列を作っている。写真撮影が禁止だった為、この目に焼き付けようと近くに寄って施術の様子を観察した。
長さ30~40センチのメタルロッドがリズミカルに上下し、体を突いている。
一人の女性が太ももに彫ってもらっている。苦痛に歪む顔、滲む血、皮膚を突くメタルロッドは不気味な光沢を放っている。
今まで刺青を入れるところを見た事はあったけど、こんなのは初めてだった。
やはり宗教儀式ということか、不思議な空気感を感じる。
女性の体が小刻みに揺れだした。よほど痛いのだろう、左右から男が二人がかりで抑えているのに体の揺れは止まらず、固く閉じた目からは涙が滲んでいる。

直視していられなくなった僕は目を伏せた。
僕は完全にビビっていた。

おいチキン野郎、こんな所まで苦労してやってきてこの期に及んで何をビビっているんだ?お前また逃げるのか?嘘つきやろうが。

僕の中の理想の僕が現実の僕を煽ってくる。
本当にサクヤンが欲しいのか?自分に問いかける。

欲しい。理由なんかどうだっていい。欲しい物が目の前にあるじゃないか、
手を伸ばせ。
決意を固めた僕はサクヤンの施術を受けるべく列をなす集団の最後尾に並んだ。

続く

10/19/2015

SAK-YANT1〜人に優しく〜

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タイでは国内を移動する際、バスが主に利用される。
バンコク市内には3つの大きなバスターミナルがあり、国内を長距離移動する際はこのいずれかを利用する事になる。
この日僕は朝早く起きて身支度を済ませ、宿の近くの屋台で朝食を済ませるとタクシーに乗り込み南バスターミナルに向かった。
カオサンから40分ほどの場所に南バスターミナルはある。

バスターミナルは平日にも関わらず混んでいて、荷物を持った現地の人達がバスを待っている。
この南バスターミナルはバンコクの隣県から海沿いのリゾート地まで多岐にわたる行き先を網羅した多くのバスが出入りしており、表記もタイ語でされているため全くタイ語の分からない僕にはどのチケットを買えばいいのか、どのバスに乗ればいいのか皆目検討が着かない。

バスを待っているタイ人達に僕の行き先に行くにはどのバスに乗ればいいのか訪ねた。
英語が分かる人も分からない人も親身になって時刻表を調べたり、周りの人に聞いたりして僕を助けてくれようとする。
微笑みの国の人達は本当に親切だった。

数人の助けを経て、なんとかどこから乗ればいいのか分かった。
どうやら僕が乗るのはバスではなく乗り合いのバンらしい。
バスターミナルの正面から左に回った裏側に、数台のバンが止まっており近くにチケット売り場が有る。僕はチケット売り場で行き先を告げチケットを購入し、車に乗り込んだ。
運転席には体重100キロはあるだろう太った男が不機嫌そうに座っている。

僕は行き先を確認し、助手席に座った。車内は僕を含めて乗客は4人、帰郷だろうか、皆大きな荷物を持っている。
ほどなくして車は走り出した。
しばらくは窓から外の景色を眺めていたけど、次第に眠くなってきた。
運転手に僕が降りたい場所に着いたら教えてくれるよう頼み、目を閉じた。

気持ちよく眠っていると運転手に起こされた。さっきまで不機嫌だったのに満面の笑みでこっちを見ている。
「さぁ、着いたぞ。ここがナコーンチェイシーだ。」
出発から一時間、バンコクの隣県ナコーンパトムに到着した。
僕はわくわくしていた。今日僕は今回の訪タイの最大の目的を果たすんだ。
良く眠ったからだろう、頭もすっきりしている。

問題はここからだ、バンを降りて、僕の目的地であるワットバンプラに向かうバスに乗り換えないといけない。その乗り換えの場所が分からなかった。
運転手に訪ねても分からないという。
僕が自力で探す事を決めバンを降りると、後ろの席に座っていた男が一緒に降りてきた。

「ワットバンプラに行きたいんだろ?俺もここで降りるからバス乗り場まで一緒にいってやるよ。」

さすがに悪いので断ろうと思ったけど、どこもかしこもタイ語表記だらけのこの場所でタイ語の分からない僕がバス停を見つけて目当てのバスに乗るのはかなり厳しい。
彼の優しさに甘える事にした。

しばらく歩き、彼の案内でバス停に到着した。
ワットバンプラ行きのバスが来るまで一緒にいてくれるという。
この間いろいろな事を話した。

彼は僕と同い年で、普段はバンコクで法律関係の仕事をしているらしくこの日は久しぶりの帰郷らしい。しかも彼の家はここからさらに二つ先のバス停付近らしく、わざわざ僕の為に途中で降りてくれたらしかった。
彼は一人でこんなところまで来た外国人の僕に興味津々で色々聞いてくる。
何故旅をしているのか、日本はどんな所か、仕事は何をしているのか、タイをどう思うか、家族の事について。僕らはお互いのつたない英語とボディーランゲージ、僕が持っていたスケッチブックに描いた絵を使って会話をした。

異国の地で、言葉も満足に通じない全くタイプの違う僕たちが時間を共にし、互いの人生の話をする。これは旅ならではの出来事で、旅の醍醐味だと思う。
誰かと出会うってことは衝突事故並みの確率で、必然と言わざるをえない偶然だ。
そんな事を考えていた。

一時間は経っただろうか、バスはまだ来ない。海外のバスの時刻表なんてあてにならないのだ。さすがに彼に悪いと思い後は一人で待つから大丈夫だと伝えると、ちょうどトゥクトゥク(バイクタクシーの様なもの)が一台やってきた。

ジブリのアニメから飛び出してきた様な風貌のかなりインパクトのあるおじさんが運転手だ。ぼろぼろの服にサングラスに髭、トゥクトゥクには何に使うのか分からない道具がいくつかぶら下げられていて、車体には派手なペイントがしてあり車内に花が飾ってある。

「ワットバンプラに行きたいんだろ?100BHTでどうだ?」
このままバスを待つよりもこのおじさんに乗せてもらった方がいいと思い、乗る事にした。

ここまで付き合ってくれた彼に礼を言う。
最後に何となく、なぜ初対面の僕にこんなに親切にしてくれたか質問した。
彼は少し困った顔をしてから答えた
「何故って、君が困っていたからだろ。」

僕らは握手を交わし、僕はトゥクトゥクに乗り込んだ。

トゥクトゥクはぼろぼろの車体を揺らしながら走っていく。
深いしわのある運転手の首もとを見つめながら、今日受けた親切とあの親切な彼の言葉を思い出していた。

僕は無条件に人に優しく出来ているだろうか?
僕の優しさなんて打算的なもので、彼のそれに比べたら純度の低い混ぜ物なんじゃないか?

じわじわと後ろから迫ってくる僕の得意のネガティブを振り切るように、トゥクトゥクはワットバンプラに向けてスピードを上げた。

続く














10/18/2015

タイと孤独と欲とポップス

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6時間のフライト、10時間のトランジット待ち、さらに1時間半のフライトを経てタイのバンコクに到着した。
東南アジア独特の熱気と匂いが外国に来た事を実感させる。

前回と同じくカオサン近くに宿を取った。一昔前までは貧乏旅行者が集まるバックパッカーの聖地だったこの場所も今では観光地化し、欧米からの家族連れやカップルの旅行者、現地の若者が集まる場所になっている。貧乏旅行者が集まり、熱気とカオスと少しの危険が入り交じる悪名高いかつてのカオサンの姿はもう無い。

しかし、それでも僕はカオサンが好きだ。もしかしたら何か起きるかもしれない、そう思わせられる雰囲気があるからだ。いつかのディカプリオみたくならない事は分かっているけれど。

一日、二日はタイで済ませる用事をこなしたり観光をして過ごした。
そしてやる事が無くなってしまってふとした時、孤独感が襲ってくる。

外に出れば欧米人達が楽しそうに騒いでいる。そんな中一人でいる自分。ベットに横になり汚い天井を眺める。望んでいた孤独は現実になった途端ただの苦痛に変わった。
僕は日本人宿を避けるタイプでは無いけれどこの時は、日本人に会って当たり障りのない会話をする気にもなれなかった。馴れ合いたくは無い、でも人恋しい。素面でいることが辛い。

カオサン通りの喧噪を聞きながら一人部屋にいる事に耐えられなくなった僕は、酒を飲みに外に出た。宿の近くの店でパッタイ(タイ風焼きそば)をつまみにビールを飲む。
酒に弱い僕は3杯も飲めば酔っぱらう。でもこの日の酒は寂しさを紛らわせてはくれなかった。

全てを忘れたくなった僕は、愚かな判断と分かっていつつもゴーゴーバーに行く事にした。ゴーゴーバー、それはある種タイの象徴だ。
ゴーゴーバーとは要するにストリップクラブの体をした風俗だ。

タクシーを捕まえてゴーゴーバーに行きたいと伝える。
初老の運転手がニヤつきながら首を縦に振った。車内ではタイのポップスだろうか?少なくとも僕の趣味ではない曲がタクシーらしからぬ音量でかかっていた。
「この曲は今タイで大ヒットしてる最高の曲なんだ!」
運転手は聞いてもいないのにまるで自分が作曲した曲かのように魅力を説明してくる。

タイ訛りの英語を聞き流しながら、僕は日本から遊び道具として持ってきていたシアリス(勃起薬)を2錠取り出して持っていたビールで流し込んだ。

15分もすると頭が重くなり、対称的に鼓動が早くなってきた。全身の血流が早くなっていく。通常の二倍の量を飲んだ上に酒とのちゃんぽん、当然だ。

少し後悔し始めた頃、車が止まった。
「さぁ着いたぞ、ここがソイカウボーイだ!しっかり楽しめよ。」
運転手がニヤつきながら言ってくる。何も答えずに車を降りた。



ソイカウボーイはBTSアソーク駅近くの一角で、数店のゴーゴーバーが軒を連ねるエリアだ。蛍光に光るピンクのネオンと通りに溢れる派手な格好の娼婦達が非現実観を演出する。ネオンが娼婦を集めそれに男が群がる。欲望渦巻く夢の場所。クソの掃き溜め。

僕はゆっくり歩き出した。次から次に客引きに声をかけられる。店の中から聞こえてくるEDMが鼓動の加速を手助けしてくる。

特に目当ての店も無かったので、一番大きな店に入った。
その店は有名店らしく、平日にも関わらず店内は人で溢れ帰っていた。
中央にステージがあり、その上で数十人の女がほぼ裸で音に合わせてけだるそうに体を揺らしている。上を見上げると天井がガラス張りになっていて上の階でも女が踊っている。
客席はステージを取り囲むように設置されていて、少しでもいい女を選ぼうと男達が真剣な目でステージを見つめている。僕と同類のしょうもない奴らだ。
ゴーゴーバーのシステムは、酒を注文して席に着きステージで踊る女を見る。もし気に入った子がいれば胸に着けている番号札の番号を店員に伝えると女が隣にやってきて一緒に飲む、後は交渉次第だ。

僕は席に着きぼーっとステージを見ていた。
「ねぇ、一杯飲ませてよ。」
一人の女が声をかけてきた。不自然に整った顔に痩せた体、金髪のショートヘアに耳はピアスだらけ、腕には数個のタトゥーが入っている。

「あぁ、いいよ。」
別に誰だって良かったし、店内でも浮いている目立つ雰囲気のこの女が今日の僕にはおあつらえ向きだと思った。酒を注文し乾杯する。女はテキーラを飲んだ。

「あたしとファックしたい?2000BHTでいいよ。」
自己紹介も無くいきなりの交渉が始まった。早くなっている鼓動とは裏腹に僕の思考は落ち着いていた。というよりも完全に萎えていた。
なんでかは分からない。もう帰ろうか?いや、今帰ったって仕方が無い。

僕はこの女を連れ出す事にした。二人で店を出て近くのホテルに向かう。
部屋代を払い部屋に入る、広い部屋にキングサイズのベット、きれいな部屋なのに普段売春に使われているからだろう、独特の不潔感を感じる。

窓からはソイカウボーイを見下ろす事が出来た。縦に長く蛇行しているソイカウボーイは上から見ると毒を持つ巨大な芋虫に見えた。

一人でシャワーを浴びた。鏡を見ると、これから女を抱くとは思えない沈んだ顔の男がこっちを見ている。
部屋に戻ると女がベットの上で手招きしている。
もうなんだっていい。どれだけ心が沈んでいようが、刺激されれば反応してしまう。
女の見た目に反して行為は教科書どうりの順序で進み、クライマックスに向かった。

毛の無い陰部に蝶のタトゥーが彫ってある。僕が動くたびに蝶がかすかに羽を揺らす。
気色の悪い毒芋虫は奇麗なアゲハ蝶に化けた。

「ごめん、もう無理だわ。」
僕は行為を途中で辞めた。頭痛がする。こめかみに血が流れているのを感じてしまうくらいに僕の血流は早くなっていた。これ以上興奮を保つのは不可能だ。

「疲れた?あと1000BHT払ってくれたら朝まで付き合うよ。家に帰ればヤーバーアイスもあるし。」
女がぎらついた目でこっちを見ている。ソイカウボーイの蝶は花より金が好きらしい。
これ以上ここでこの女とはいれない。例え朝までいたとしても、何かを失う事こそあれど心が満たされることは確実に無いだろう。

僕はシャワーも浴びずに服を来て、逃げるように部屋を出た。
早くソイカウボーイを離れたくて早足で歩いた。来た時は興奮を誘ったネオンも女達も音楽も、今は僕を不快にさせる。

タクシーを捕まえ、いつもはする値段交渉もなしにカオサンへ行ってくれと伝えた。無愛想な運転手が頷き、車は走り出した。

頭の中で自己否定の言葉が駆け巡る。
わざわざ海外まで来て何をしているんだ?たった一人で。金を払わなきゃ女も抱けないしみったれが。周りは進んでいるのに僕は同じところを行ったり来たり。
今まで誰かを本当に愛した事も愛された事も無いじゃないか。
孤独な旅人を気取る1人ぼっちの色情狂。
金で買うセックスは自尊心を傷つけ、愛のないセックスは虚しさを連れてくる。

車窓から眺める夜のバンコク。知り合いはいない。今夜はどうあがいたって、この空虚と孤独と過ごすしか無いらしい。

カーステレオからラジオが流れている。DJが曲を紹介する。
またこの曲か、、くる時に車内で流れていたあの曲がまたかかった。

雨が降ってきた。フロントガラスを雨が打ち、規則的に動くワイパーの向こうにバンコクの夜の喧噪が見える。ラジオから流れるあの曲が妙にセンチメンタルな気分を誘う。
くる時は何も感じなかったのに。

僕はあのタクシー運転手の言葉を思い出していた。
「ある女が何年も片思いしていた男とやっと付き合える事になったんだ。でもその男はすぐに死んでしまう。それでも女は男を愛し続ける、これはそんな歌だ。最高だろ?」

僕はイヤホンを耳にはめて目を閉じた。




































10/14/2015

終わりの始まり

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2015年8月25日、僕はバックパックを背負って一人空港にいた。

僕は空港が好きだ。大きな荷物を持って行き交う人々、電光掲示板に映っている世界の都市の名前、両替所、チェックインカウンター、見送る人、出迎える人、飛び交う世界の様々な言語、全てが、僕は自由でどこにでも行けると思わせてくれるからだ。

でもこの日は少し違った。
数ヶ月前、日常に行き詰まった僕は数年間夢見ていた長期の海外生活と放浪を実行する事にした。渡航費を稼ぐために工場で働き、ストレスと疲れを酒でごまかしながら寮暮らしの狭い部屋で出発を夢見ていた。

半年この生活に耐えれば僕は自由で、世界を巡る旅人になれる。
気が狂いそうになるほど変わらない日常の中でそれだけが希望だった。

そしてこの日、あんなに楽しみにしていた旅が始まるのに僕は素直に喜べなかった。
遠くに見えていたはずの希望が目の前で現実になったとたん、今まで見ないようにしていた不安や後ろめたさ、孤独感、途方もない自由の重さがのしかかってきていた。
僕が旅に出る事を否定してきた人達の現実的な言葉が頭の中でループする。
大好きだった空港も今は真っ暗な穴の入り口だ。

昨日までは理想を追いかけるタフな旅人だったはずの自分は、才能も金も女も将来もない、無いものだらけの1人ぼっちになっていた。

どうするべきか迷った、どっちにしたって旅に出る意外に今の僕に選択肢は無いのに。

搭乗時間が来た。
重い足を引きずって出発ゲートをくぐり、席についてすぐにビールを飲んだ。
こんな事を考えているくらいなら酔って寝てしまった方がましだ。
すぐ近くの席ではしゃいでいる夏休みの学生達にイラつきながらビールを流し込んだ。

幸いすぐに寝る事が出来て目が覚めると飛行機は遥か雲の上。

長い一日が終わって、旅の終わりが始まった。
















10/09/2015

今日から僕は

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ブロガーになりました。
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このブログは自称旅人でアーティストの僕の旅の記録であり、情報発信の場であり、起こった出来事、思った事、創作文、回想録等を自由にありのままに書いていく『解放区』です。

所謂よくある一般人の自己満足の日記ブログですが、その分赤裸々に、出来るだけ『自分』のままで書いていきたいと思います。

よろしくお願いします。

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