2/23/2016
CHINESE WHISPER〜パーティーレポート〜
この日は朝から空が暗く、雨が降っていた。僕は珍しく朝から興奮していた。目覚まし時計よりも早く起きてシャワーを浴びて、バックパックに荷物を詰め込んだ。寝ているケンを起こして、早く準備しろと急かした。遠足に出かける小学生みたいな気分で、ケンの準備を待ちながら、ソワソワしていた。ソファーに座っては立ち上がって、何度も鏡の前で自分の顔を見返した。電話が鳴って、マサとカズがやって来た。今日僕らは二回目のブッシュパーティーに行く。僕は靴ひもを固く閉めて、大切な時にだけ着けると決めている、友人のガラスアーティストがくれたネックレスを着けた。
僕は三週間も前からこの日を楽しみにしていた。僕の行動力はすごかった。パーティーを見つけた日から、facebookを通じて主催者に連絡を取り、僕ら4人全員分のチケットを購入し、英語のメールのやり取りで会場までの案内を手に入れた。人間は本当にやりたい事をする時は凄まじい行動力を出せる。この時の僕は正にソレだった。前回の経験がある僕らは今回は出発前に地図を手に入れ、一路中間地点のコフスハーバーを目指した。
4人の車内も楽しかった。
「ケン全然喋らないじゃん。緊張してんの?」
マサがケンをからかう。
「いや、今からテンション上がりますよ。」
今回初めてパーティーに参加するケンは少し緊張しているように見え、そんな姿が面白くて僕らは笑った。僕は珍しく朝からテンションが高く、後部座席に座りながら体を乗り出して皆との会話を楽しんだ。
「未来の話しようぜ!」
いつも会話の中心になって話題を降ってくれるマサが、そんな事を言い出した。話上手なカズが話に乗る。僕とケンも加わって、この先地球はどうなるんだとか、宇宙はどうなるとか、僕らはそんな中どんな風に生きて行けば良いんだろうとか、そんな話をした。話の執着地点は、結局未来がどうなろうと僕たちはそれぞれが見ているこの画角の中で今を感じる事しか出来ない、だから今を楽しむ。その積み重ねが楽しい人生なんじゃないか?だから今日を、今夜のパーティーを思いっきり楽しもう。そんなポジティブな所で落ち着き、パーティーに向けた僕らの気持ちは最高の状態になっていた。
4時間の長いドライブを経て、僕らはコフスに到着した。スーパーに寄って酒や食料を購入して、地図の案内に従って山道に入っていった。心臓がバクバクする。これから僕らは摩訶不思議な大人の遊園地に行ける。童心に帰って、音楽とアートと自然に触れながら、素晴らしい時間を過ごせる。山道は前回同様に険しくなって行き、道が荒れて行けば行く程、僕らのテンションは高まっていった。山道を一時間半程走ると、車の列が見え、受付が見えて来た。前回よりも規模の大きなパーティーらしく、数人のスタッフが車内点検と入場許可の証のミサンガを配っている。雨は止む事なく振り続け、風も吹いて来ていた。
僕らはミサンガをもらい、会場に入って行った。今回の会場は広さこそ前回と変わらない程度だったが、作りがすごくよかった。
広いキャンプサイトの奥にメインブースが設置されており、来場者は小さな橋を渡ってダンスフロアに行く。ダンスフロアは森に囲まれていて、周りの木にはチベタンフラッグや、カラフルな布が飾られていて、イベントの名前どうりにdjブースの前には「舞」という漢字が飾られていた。自然とテクノロジーのミスマッチ感、奇抜な人々と音楽、この説明の難しい空間が、とても美しい。前回と違う所は、雨が降っている事と気温が低い事だ。出来れば太陽の下踊りたいと思ったが、雨が降っていようが関係ないと思えるくらいに絶好のロケーションだった。僕らは車をキャンプサイトに止めると、まずは会場を歩き回る事にした。地面は雨でぬかるみ、風が吹き付け、霧雨のような雨が降っていた。
歩き出してすぐに、一人の女が話しかけてきた。
「ヘイ!ガイズ!アシッド買わない? LSDよ!」
金髪に奇麗な青い目、細い体に露出の多い服装、いかにもパーティー慣れした雰囲気の女だ。歳は恐らく10代から20代前半、すごく奇麗な子だった。彼女に見とれてしまい、僕は一瞬立ち止まってしまったが、僕らは今回既にアシッドを準備して来ていた。彼女の誘いを断ると、今度は別の男が話しかけて来た。
「おい、兄ちゃん達!なにか欲しい物はないか?アシッド、MDMA、コーク、ケタミン、何でもあるぜ!パーティーには必要だろ?」
薄汚れたナイロンジャケットにデニムのショートパンツ、アウトドアブーツ、目が隠れるくらいの前髪に痩せた顔、左目だけ少しつぶれているその男は陽気に商品を紹介した。
「MDMAはピュア?いくら?」
マサが食い気味に言った。
「一発$20だ。質は間違いない。純度100%の結晶だよ。」
男が自慢げに言い、鞄から小さな袋を取り出して、その中からカプセルを出した。中には、前回のパーティーで僕らを天国に導いてくれた黄色がかった白濁色の結晶が入っていた。僕らは4人で10発買い、男に礼を言って別れた。車に戻って、買って来ていたビールで乾杯した。
「とりあえず、準備もそろったし、今日は楽しもうぜ!あ、ジョイント巻いとくか!エソン、巻いてくれない?」
マサが言った。僕はこの中では一番ジョイントを巻くのが上手かったし、このくだらないスキルを役立てる場面はこういう時しか無い、僕は10分程で7,8本のロングのジョイントを巻いた。ジョイントに火を着け、4人で車内でビールを飲みながら回した。時間は夕方6時を周り、太陽が傾き始めていた。日が長いこの時期のオーストラリアでも、山中では早く日が沈み始める。僕らはドラッグをテイクする事にした。カズ以外の3人はMDMAを、カズはアシッドとMDMAを同時に摂った。20分もすると、体の感覚が敏感になり始め、少しずつ高揚感を感じ始めた。酒の力も手伝って、体が熱くなる。カズは全く話さなくなった。アシッドが効いているんだろう。もしかしてバッドトリップしてるのか?僕は少しだけ心配になった。
「まぁ、時間はまだ長いし、それぞれのペースでゆっくりいこうぜ!」
同じ様に感じていたんだろうか、マサが言った。
MDMAは前回同様、僕らを裏切る事なく幸福と興奮、友人達への親近感、愛、とにかくポジティブな感情でこの心を埋め尽くしてくれた。車から200~300mは離れているブースから流れる音がはっきりと聞こえる。カズも調子を取り戻してきたみたいで少しずつ話すようになった。今回初めてパーティーに参加した一番年下のケンも、車内であまり話さなかったのが嘘みたいに瞳孔が開ききった目をぎらつかせながら、会話に加わる様になった。
「本当、来て良かったですね!こんな所にこのメンバーで居るのが嘘みたいですよ!マジで楽しいです!」
無邪気にそう言うケンを、僕は少し大人ぶってまだあまり世界の事を知らない弟を見るみたいな気持ちで見ていた。
「いや~、でもエソン君との出会いも印象的でしたね。しっかり覚えてますよ。俺が家に帰ったら、ベランダに居たんですよね。奇抜な服装で、目が妙にギラついてて、クサの話をしたら異様に食いついて来たんすよ。で、気が合うと思ったからすぐにマサ君とカズ君を紹介して、それがほんの一ヶ月ちょっと前ですよ!不思議っすね!俺の中ではマサ君とエソン君は少し似てますね!傲慢な所が!」
ケンが笑いながら楽しそうに話している。そうだ、そして僕がこの三人に出会ったのは僕の誕生日だった。僕は誕生日を迎える瞬間、初めて会う三人と酒を飲んでいた。今までで一番不思議な誕生日だった。そして僕はケンから見ると傲慢な人間らしい。自分では謙虚で優しい人間だと思っていたこの僕が。人間は自分を完全に客観視する事は出来ないのだ。
太陽は完全に姿を隠し、夜がやって来た。僕らは車を出て踊りに行く事にした。ぬかるんだ地面に足を取られながら、車とテントがひしめくエリアを通り抜け、橋を渡り、ダンスフロアへ。フロアはこの悪天候と早い時間にも関わらずすさまじく盛り上がっていた。奇抜な格好をした男女が入り乱れて、巨大なスピーカーから流れてくる音に合わせて自由に踊っている。頭に水の入ったペットボトルを乗せてゆっくりと歩く奴や、木の棒を振り回す奴、抱き合っている奴ら、ジョイントを回している集団、かぎりなく何でもありに近いこの空間にいると、自分の存在を全肯定されているようで、流れている激しい音楽とは裏腹に、暖かいゆったりした気持ちになった。
ここからは信じられないスピードで時間が進み、僕の記憶が所々飛んでいるせいで、紙芝居を見せられた様な感覚だった。僕らはフロアにつくとアシッドを摂った。30分もするとソワソワし始め、視界が歪みだした。音が立体になって僕の体を刺激してくる。ブースから放たれるレーザービームが空中に幾何学模様を描いている。光線が途絶え、一瞬の暗闇の中、ぎらつく無数の目が空間を浮遊している。サイケトランスが僕を意識の奥底へ導いていく、僕はただそこに立って、目の前で起きている事に見とれていた。僕以外の三人が踊っている。カズが幸せそうな顔で首を振っている。マサは手を振り上げている。ケンの意識はもうここには居ないみたいだ。最前列では火を噴いている奴が居る。突然目の前に、夕方アシッドを売ろうとして来た女の顔が現れた。神々しい笑顔だった。
「あんた、何突っ立ってんの!これはパーティーよ?踊らなきゃ!」
目が覚めた。僕は頷き、体を音に任せた。どんな風に動いていたのかは分からない。体中の血管の中を、音の粒子が流れて行く。目の前の光景が少しずつ溶けて行く。空間と、人と、音の境目が無くなり、僕らはこのカオスを生み出す一つになった。ブラックアウト。ここで紙芝居がめくられ、場面が切り替わった。
時間は既に数時間経過していた。
目の前で、マサがワインのボトルを片手に踊っている。他の二人は見当たらない。ポケットを確認すると、あれだけ巻いたジョイントが残り一本になっている。僕はジョイントに火を着けた。マサにジョイントを回す。
「なぁ、もう一発アシッドいこう。」
僕は言った。こういう時マサは断らない。僕らはアシッドを摂り、赤ワインで流し込んだ。さっきよりも強いトリップ感。タイムラグなしで、知覚の扉は開いた。
「おい!俺たちがここをロックしてるぜ!」
マサが踊りながら笑顔で言った。僕らの周りは少しだけスペースが開き、周りの奴らが僕らを囲むようにして踊っている。凄まじい高揚感だった。異国の地のシークレットパーティーで、今僕らは中心になっている。空に手を伸ばした。今なら、あの真っ暗な空の向こうに手が伸びそうだ。もう少し、もう少しだ。
場面が切り替わった。僕は眠っていた。目を覚ますと車の中だった。外を見ると既に日が昇っていて、雨は上がったらしい。4人とも車内で眠っていて、僕以外の三人はまだ寝息をたてている。窓が曇っていて、車内の空気は静かに張りつめていた。まだアシッドの効果は続いていて、何かに視線や意識を向けるとしばらくソレに捕われてしまう。ゆっくりと現実に意識を戻して、状況を確認する。車内の至る所と、僕の足、体、とにかくそこら中が泥だらけだ。手で目を覆った。一体昨日何があったんだ。記憶を辿ろうとするが無駄に終わり、おぼつかない手元をなんとか動かし煙草を巻いた。僕は一人外に出た。外は強い風が吹き付けていて、痛い、と感じる程に寒かった。ガタガタ体が震える。人はあまり居ない。ゆっくりとフロアに向かった。
「fucking cold!!!!」
全裸の白人の男が僕の横を叫びながら走り抜けて行った。
フロアはまだ音が鳴り続け、深夜の3分の1程だが踊っている奴らもいる。昨日の女がブースの前でゆらり、ゆらり、と体をくねらせている。女が振り返ると、僕と目が合った。女が力の抜けた、全てを手放したような笑顔を見せた。僕の心の真ん中で、フライパンの上でバターが溶けるように何かが溶けた。一人の男が、カクカクと膝を震わせながらフロアを歩いている。男は立ち止まり、膝から崩れ、手をだらんと垂れ下げてどこかを見つめている。その目は、この現実を見ていない事は確かな目だった。神秘的で、美しい光景だった。
僕が車に戻ると、3人は起きていて、皆この汚れた車と自分たちを受け入れられない様子だった。時間は朝八時。
「最後、一発いっとくか!」
現実から目をそらす様に最後のMDMAをテイクして、4人でフロアに戻った。すぐに効果は現れてきたが、僕はもう踊る気にはなれなかった。フロアを後にして、キャンプサイトの小高い丘に登った。芝生に腰を下ろして、このカオスで、摩訶不思議な空間を見つめた。太陽が出て来て冷えた体を温め始めた。ここはどこで、僕は誰で、一体何をしているんだろう?時間は本当に流れたんだろうか、昨日の僕は今日の僕とイコールだろうか?僕の現実はなぜこんな所にたどり着いたんだろうか。思考がねじれて、また答えのない旅にむりやり僕を連れて行こうとする。今旅立ったら、もう戻れないかもしれない、心臓は破れてしまうんじゃないかと言うくらいに激しく脈打っている。思考が脳の外で行われている様な感覚に陥った。ヤバい。
「お~い!そろそろ帰ろうぜ!」
ハッとして声の方を見た。皆が車を片付けながら、手を振っている。僕は手を挙げて、立ち上がった。あいつらは、、そうだ、僕の友達だ!意識が僕の体に戻った。いつの間にかかなりの時間が経過したらしい。
太陽はさっきよりも強く照りつけている。彼らがくれた安心が僕を体の中から暖める。幸いにも僕には帰る所も、一緒に帰る奴らもいる。そうだ、帰ろう。
今回のパーティーは悪天候のせいでかなり厳しい状況だった。しかしその分前回を上回る激しいトリップを経験する事が出来た。たった一日半なのに、数日間を過ごした様な気がするくらいに多くの光景を見て、多くの感情を味わった。僕は過剰にハイになりすげていたせいで記憶が飛んでいて、楽しかった場面を忘れている事は残念に思うが、いくつかの強烈に覚えている場面はきっと一生忘れないと思う。強烈に覚えている楽しかった思い出達は心を豊かにしてくれる。泥だらけの帰りの車内でまどろみながら、そんな事を考えていた。
2/11/2016
最低
正直に告白すると、僕のゴールドコーストでの日常の大半は酷いもんだった。何かを得る為にここまでやって来たはずが、時間を自ら捨てていく感覚に襲われるくらいに、非生産的な日々を送っていた。平日はまだマシだ、仕事をしなければいけない分、一日の数時間を労働に費やすことで少しの安心と給料を得る事が出来る。自由を欲していたはずが、いつの間にか自由を圧迫するはずの仕事に支えられていた。一切のやる事が無い長い休みが続いたら、僕は怠惰と自己嫌悪が原因で死んでしまうかもしれない。
創造性はどこかに行ってしまったらしい。すごい作品を想像して、湧き出てきたあの興奮と高揚感を思い出すのは難しい。恐らくコントロールは出来ないみたいだ。とにかく僕の、いや僕らのある週末の一日を紹介すれば、僕の多くの週末を知ってもらえた事になるだろう。僕らは退屈に殺されそうになっていた。知った顔でなんとなく集まり、暇を「潰す」という愚かな行為を繰り返した。いつも集まる部屋は街の中心にあるマンションの一室で、ベランダからは海と街を見下ろす事が出来た。適度に汚れた室内は安心感を与えてくれ、大きなソファーは一度座ると立ち上がれなくなるくらいに座り心地が良かった。
テーブルの上には、酒の空き瓶が並び、ボングやペーパー、クラッシャー、雑誌、灰、ゴミが散らかっていた。インターネットを見る事が出来るテレビからは、海外の大きなレイブの様子を映した映像か、サイケデリックトランスが流れていた。
この時のこの部屋は実験室のようだった。週末になる度に僕らはニンビンに出掛け、道にいるヒッピー崩れからドラッグを買い、家に帰っては試して遊んでいた。一度レイブに行って以降、僕らはドラッグが見せてくれる世界に魅了され、あの高揚感を求めて彷徨う事になった。ニンビンではロクな物は手に入らなかった。LSDだと言われて買った紙がただの紙だったり、マジックマッシュルームだと言われて買ったキノコは腹を壊して終わっただけだったりした。
一度、DMTだと言われて白濁色の結晶を買った時は結局DMTでは無かったのに、その謎のドラッグがもたらす不思議なハイにハマってしまい、一晩でほとんど吸ってしまった事もある。とにかく僕らは現実を崩して新しい世界を見る事に夢中だった。何が入っているか分からないドラッグを次々に試しては、人体実験もどきを繰り返していた。
僕らは全員、自分はジャンキーじゃないと言っていたが、他人が見れば全員立派なジャンキーだったと思う。僕にとって精神世界の道案内人だったドラッグは、レクリエーション目的の嗜好品になってしまっていた。
この頃にはロングのペーパーでジョイントを巻く事なんて当たり前になっていた。誰かが巻いては火を着け、また誰かが巻く、他愛も無い話をしながら、酒を飲み、お菓子を食べ、だらだらと過ごした。眠くなれば眠り、胃もたれの状態で起きる、体調の悪さを酒でごまかして、またジョイントに火をつける、そんな事を日曜の夜まで繰り返しては、最低の気分で家に帰る、これが僕の週末のルーティーンになっていた。
唯一前向きだったのは、未来の話をしている時だった。次は何処の国に行く、日本に帰って自分の店を始める、数年後に再会しよう、金持ちになりたい、周りを見返してやる、それぞれが夢を語り明るい将来を夢見ている時だけは、充血して半開きの目が無邪気に光っていた。
こんな日々が楽しかったかと言われれば、正直に楽しかった。生産性なんて在るはずも無く、体に負担をかけ、時間を捨てて行く行為は、終わってしまえば自己嫌悪に苦しむが、そこに居る時は気の会う仲間達とただ時間を過ごす事が、日本で多くの時間を一人で過ごして来た僕には、安心出来る楽しい時間だった。誰かとただ一緒に居る、そんな事が僕にとっては貴重だったのだ。精神世界や、神、人生の正体、将来、自己実現、そんな普段考えているテーマよりも、あいつが話す笑い話や、あいつの恋愛話、飛びすぎて黙り込んでいるあいつの顔を見て皆で笑う事が楽しくて、大切だった。
僕たちは最低だった。この国に希望を持ってくる日本人達が忌み嫌う、典型的なダメ人間だった。でも僕たちは最高だった。最高にトんでいた。
いつか過去を振り返った時に、あの時あんな風に過ごさなければ、、なんて風に思うのか、あの時の生活は最高の経験だった、そんな風に思うのかはこれからの僕の生き方で変わって行くんだろう。
自己の発見
アサミと知り合ってから僕の生活は少しだけ明るくなり、他に抱えている悩みがどうでもいい物だと感じられたりもしたが、同時に10年近くぶりに嫉妬心と闘うハメになった。
最初こそ僕らの関係は互いにグレーゾーンを漂いながら上手く行っている様に感じたが、次第に彼女の態度は素っ気なくなっていき、男の僕からしたら理解出来ない女性特有の心の揺れに困惑させられた。二人で会う事になっても、何故か不機嫌だったり、気分じゃない、と言われかわされる様になった。僕はたまに連絡をし、彼女との半端な関係を続けようとしたが、そうすればする程逆効果だった。
人間は手に入らないモノを欲しがる。こうやって上手く行かない事が、僕の意識を彼女に向けさせ、いつの間にか彼女の事ばかり考える様になった。僕にはやる事がある。一人の女の事を考えている余裕などない。そう思えば思う程、僕は思考のコントロールを失い、うじうじと悩む様になった。
そんな自分を認められるはずは無かった。だってそうだろう。もしこれが他人に起きている出来事でそいつが悩んでいたとすれば、僕はそんな小さな事で悩むなんて馬鹿らしいし、女々しいと思うはずだ。なのにいざ自分の事となれば、僕は僕が大嫌いな女々しい弱虫になってしまうのだ。
連絡が来ていないか頻繁に携帯をチェックする事も、仕事で彼女が客と楽しそうに話すところを見て嫉妬する事も、偶然会って話す時にぎこちなくなってしまう事も、僕が追い払いたい僕の一部がさせる事だ。そもそも僕は女性が苦手だ。所詮、心からの触れ合いをした事の無い精神的童貞だ。
合コン、ナンパ、仕事の飲み会、色んな場面でこの複雑で矛盾だらけの自我は同じような思いをして、その度にごまかして、忘れようとし、見えない所で敗戦記録を積み上げ、小さなプライドを守る為にリングにすら上がらなくなった。リング上で戦い、勝利した奴の幸せそうな姿を、僕と同じ様な奴らがたむろする一番安い席からうらやましげに見つめる事しかしなくなった。
このままではまずい。そんな事は分かっていつつも、拒絶される事とプライドが傷つく事を恐れてこのやっかいな一面と向き合う事を避けてきた。さすがにそろそろマズいと思った。いつまでも逃げ続ける訳にもいかない、今までとは違った反応をしないと僕はいつまでもこのままだ。
考えた。まず僕はどうしたいのか、彼女に惹かれているのは確かだし、出来るならば付き合いたい、ただ、僕には予定がある。この時点で、僕は後2週間でこの街を去り、次の目的地に行く事を決めていた。会ったばかりなのに遠距離で関係を続けるなんて出来るはずが無い、ただでさえ恋愛経験の少ないこの僕が。
もし付き合えることになれば、僕はこの街に残っても良い、そう思った。後になって考えれば、愚かな考えだと分かるが、この時の僕は思い込みと勘違い、独占欲に支配されて正常な判断は出来なくなっていた。それくらいに、手に入らない彼女を自分のモノにしたいと思っていた。
僕以外に笑いかけないで欲しい、僕を好きになって欲しい、時間を全て僕にくれ、
無条件で僕を受け入れてくれ。正直になって聞いたエゴの声は、今まで教えられてきた人としてあるべき姿からは遠くかけ離れた、わがままで、自分勝手で、弱く、正直さ以外に一切の純粋さを持たない、汚れたノイズだった。僕の中には、今まで意識した事のないこんなモノがあったらしい。
だからと言って別に構わない。聖人になりたい訳じゃない。これは自己の探求だ。愚かな凡人が何者かになろうと踊っているダンスだ。大体僕はいつもそうだ。自分が何かを手に入れる、自分が他人から何かしらの評価を受ける、得をする、そう言う事を一番大切に思っているんだ。この気取った駄文も、そのはけ口で、この1文は僕を知る数人の読者への保険だ。
思考をこねくり回したが、結局僕に出来る事は思いを伝える、そこまでだ。それ以降は彼女の範疇で、僕にどうこう出来る事じゃない。この考えは間違っちゃいないが、この時の僕は少しおかしくなっていた。今にして思えば、開き直って勢いづいていただけだと思えるが、この時の僕は、精神的に一皮むけたんじゃないか、思考が変わり世界が少しだけ変わったんじゃないか、そんな風に思っていた。僕は僕を肯定し、自分の心のままに行動する事が一番大切であり、もはやそこに相手の存在は関係なくなっていた。極端な考えしかできない人間が、一度自己肯定の姿勢に入るとこんな風になる。
僕は彼女の気持ちも、都合も無視して連絡しまくり、なんとか思いを伝えようとした。端から見ればストーカーだが、僕の中では友を助ける為に走るメロスの様な気持ちになっていた。他人がどうした?関係ない。お前らがどう言おうが僕は正しく、自分に挑戦する者は、勇敢だ。開き直った自己認識ってのはなんて気持ちいいんだろう。
根拠なしの自信と、強引に上げていく自己評価とは裏腹に、彼女とは全く連絡が取れなくなった。初めのうちは思いを伝えられない事にフラストレーションを感じていたが、次第に、正面から向き合おうとする僕に対して、逃げた彼女は卑怯だ、そんな風に都合良く解釈する事で執着は薄れていった。
諦めがつき、いきすぎた自己肯定も治まり僕はまた前の僕に戻った。そして僕がこの街を離れる二日前、急に彼女から電話がかかってきた。
「電話がかかってきてたから電話したんだけど、登録してないから分からない。この番号誰?」
そんな風に言われた。僕は電話はしちゃいない。電話がかかってきた経緯はどうでもよかったし、もう今更何を言ったところで何かが変わる事はないと分かってはいたが、僕は思っていた事を全て伝える事にした。
彼女に惚れている事、嫉妬していた事、連絡がとれず落ち込んだ事、どうするべきかは分からないがとにかく気持ちを伝えたかった事。言わなくても良い様な事まで吐き出した。最高に刺激的なマスターベーションだった。
「ありがとう。まず先に言っておくと、別に無視してた訳じゃない。あたしは本当に気分屋で、人の連絡を取らない事なんてザラにある。良くないとは分かってるけどいつもそうなっちゃう。それと、あたしを良いと言ってくれるのは嬉しいけど、あなたの事はほとんど知らないし、いつ何処に行っていつ戻るのか分からない、将来もどうなるのか分からない、そんな人と気楽に付き合える年齢じゃないし、あなたと付き合う事は出来ない。ただ、一つ言える事はあたしは多分数年経ってもこの街にいるし、会おうと思えばいつでも再会出来る。だから次の場所に行っても頑張って。」
僕が会おうと思えば再会出来る、これにどれくらいの慰めと可能性があるのか分からなかったが、自分の思いを伝えた事で僕はすっきりした。僕らは週に一度、電話で話す事を約束して電話を切った。
その後、最初のうちは約束どおりに電話をしていたが、新しい生活をしていく中で次第に気持ちは薄れていき、電話もしなくなった。結局僕は人に恋する自分に酔っていただけで、大した気持ちじゃなかったらしい。実際今は同じ家に住むイギリス人に夢中だ。
それでもこの出来事の中で、逃げ回るだけでは見つからなかった自分をいくつも見つける事が出来た。彼女のおかげだと思っている。もし次に彼女に会う事が在れば、僕はどんな人間になっていて、どんな風に話すんだろうか。出来れば今とは違っていれば良いと思う。
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