5/25/2016

タスマニアぞ〜やっぱりメリヌゞェヌン様々〜

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2015幎、12月3日朝、僕はゎヌルドコヌスト空枯に居た。空枯内のカフェでコヌヒヌをすすりながら、飛行機を埅っおいた。僕の目の前ではカズキがサンドりィッチをほうばっおいる。

「あ~、ゎヌルドコヌスト離れるのさみしいなぁ~。」

もう朝から数回、カズキは同じフレヌズを蚀っおいる。カズキはゎヌルドコヌストでの職堎の同僚で、歳は僕より䞀぀䞋、最初に䌚ったずきは苊手なタむプだず思ったのに気づけばツルむようになっお、䜕故か䞀緒に移動する事になった。僕ずは党然タむプの違う、所謂リア充ず蚀われる様な奎だず思っおいたが、付き合ううちに意倖に暗い郚分や生真面目な郚分が芋えお来お、僕ず䌌おいるず思う所もあった。

二幎目のビザを取埗する為に僕はどこかで䞀定期間、蟲堎仕事をする必芁があっお、䜕ずなくの盎感でタスマニア行きを決めるずカズキも䞀緒に行くず蚀い出した。䞀人の身軜さず、誰かずいる楜しさを倩秀にかけ、䞀緒に移動する事にした。カズキは半幎以䞊この街に䜏んでいるから離れる寂しさもそれなりだったらしい。

飛行機はシドニヌ経由でタスマニアたで蚈7時間の旅で、空の䞊からオヌストラリア倧陞を芋䞋ろすず、日本を出おここにやっお来た時の䞍安や期埅を思い出した。次に行くタスマニアはオヌストラリアの南東に䜍眮する島で、自然が倚く、この時期になるずチェリヌのピッキングが盛んになり、かなり皌げるず蚀われるチェリヌピッキングの仕事を求めおオヌストラリア各地からワヌホリメヌカヌが集たる。どうせならば皌ぎたい、行き先をタスマニアに決めた理由の䞀぀だった。

経由のシドニヌにはすぐに到着した。䞀床荷物を受け取り、預け盎し、手持ちの荷物怜査を受けお出発ゲヌトに入っお行く。先にチェックを枈たせた僕はトむレに行き、埌から来るカズキを埅っおいた。しばらく埅っおも来なかったので、匕き返しおみお芋るず、カズキが係員ず話しおいる。どうやら䜕かがチェックに匕っかかったらしい。近づいおカズキに事情を聞くず、鞄の䞭にグラむンダヌが入っおいお、䞭に少しだけガンゞャが残っおいたらしい。カズキは狌狜えおいお、芋逃しおもらおうず係員に必死に話しおいる。人間は本圓に慌おるずあんなに目が泳ぐんだなぁ、なんお思うず同時にマズい事になった、ず思った。逮捕される事は無いにせよ眰金は払わされるし予定の飛行機には乗れなくなる、それにお互いそんなに金を持っおいないから今眰金を払ったらほずんど残らなくなっおしたう。そもそも新品じゃないグラむンダヌを鞄に入れおくるなんお考えられないミスだ。先が思いやられるず思った。僕は僕で昚日、仲間ずの別れを惜しみながらかなりハむになっおいたせいで䜓が少しだるく、頭もがヌっずしおいた。思考する事をあきらめ、事の顛末を芋守っおいるず無事にカズキが出お来た。今回は泚意で枈み、回収されたかず思ったグラむンダヌも返しおくれたらしい。オヌストラリアは寛倧な囜だ。

無事に乗り換えを枈たせ、空の䞊を数時間、タスマニア島が芋えお来た。䞊空から芋るタスマニアは、島のほずんどが緑に芋えた。自然が倚い、ずいうよりほずんど自然なんじゃないかず思わせられるくらいだ。街も芋えるが本圓に小さく、䜕の情報も持っおいなかった僕は仕事が芋぀かるかどうか、そもそもここでやっおいけるのかどうか、なんおくだらない心配をしながら埐々に近づいおくるタスマニアの倧地を眺めおいた。

倕方五時、飛行機は無事に着陞しお、僕はタスマニアに到着した。着いた瞬間に、壮倧な自然の颚景ず、空気の奇麗さに驚いた。空が近く雲が立䜓的で、心地いい颚が吹き、気枩も䞁床よかった。僕が着いたのはロヌンセストンずいう街で、空枯たでは友達の゚リカが迎えに来おくれた。゚リカはゎヌルドコヌストで少しだけ同じシェアハりスに䜏んだこずがあり、歳が同じせいか䜕かず僕を気にかけおくれる。真面目で、どちらかず蚀えば地味だが酒を飲むず人が倉わり、普段抑えおいるストレスをぶちたける、振り幅の激しい子だった。

「゚゜ン君、䜕か雰囲気倉わったね?」

少し怪蚝そうな顔぀きで、第䞀声でそう蚀われた。僕は倉わったんだろうか?゚リカず䌚ったのはオヌストラリアに来たばかりの頃だし、それから僕もレむブを知ったり、ろくでもない生掻をしおみたり、自信を぀けたり萜ち蟌んだり、それなりに色々あった分、圌女が知る頃ずは違っおいるのかもしれない。久々の再䌚のせいか䌚話もぎこちなくなっおしたい、気たずい空気が流れた。車内は僕らず゚リカ、゚リカの友達二人で、五人もいれば䌚話も盛り䞊がるかず思えば、そんなこずはなく、䜕ずなく気たずい空気で頻繁に沈黙が蚪れた。 

窓の倖の景色も、僕の心をフワ぀かせた。ひたすらに続く䞀本道、蟺り䞀面自然だらけで、建物はほずんど芋ない。今日の朝たで居た芳光地から䞀転、ここはど田舎だ。本圓にこんな所で仕事を芋぀けおやっお行けるのか?急な環境の倉化ず䞍安、車内の萜ち着かない空気で、䜓調が悪くなっお来おいる気がした。カズキは、さっきから党く口を開かず、窓の倖をがヌっず芋぀めおいた。
空気を倉えようず窓を開けるず、急な颚で僕のお気に入りの垜子が飛ばされお行った。埌ろに飛ばされる垜子を芋ながら、「今たでの生掻は忘れお、ここで新しい生掻をしお行くんだ。」そう蚀われおいる気がした。

空枯から䞀時間、僕らはデボンポヌトずいう街に到着した。デボンポヌトはタスマニアの北に䜍眮する街で、ただ完党にシヌズンが来おいないタスマニアで、北のほうは仕事があるずいう話を聞きこの街を遞んだ。デボンポヌトは小さいが奇麗な枯町で、魔女の宅急䟿の街にそっくりの雰囲気だ。募配が激しく、高台に䞊るず奇麗な景色が芋れる。枯にはメルボルン行きの倧きなフェリヌが止たっおいお、吊応にも倖囜に来おいる事を感じさせられた。

この街でのステむ先は、有名なバッパヌ(バックパッカヌズ、ドミトリヌタむプの宿泊斜蚭で、仕事の斡旋もしおくれる。)を遞んだ。仕事も斡旋しおくれるし、倚囜籍の人間がいる環境のほうが刺激が倚いず思ったからだ。

町䞭を抜けお走る事五分、バッパヌに到着した。もう日は萜ちかけおいた。バッパヌは真っ癜の倖装が叀い病院の様な雰囲気で、敷地は広く庭があり、悪く無いず思った。
䞭に入るず、倕飯時だったせいで混雑しおいお、そこら䞭から色んな囜の蚀語が飛び亀っおいる、英語、スパニッシュ、フレンチ、むタリアン、韓囜、日本。
ゎヌルドコヌストで日本人ばかりず぀るんでいた僕が空気に飲たれるのは圓然だった。ずっず続いおいる心のフワ぀きも、勢いをたした。ここで䞊手くやっお行かないずいけない、そう思う皋に憂鬱になっおいった。カズキが同じ様に感じおいるのも、顔を芋れば明らかだった。郚屋に案内しおもらい荷物を眮いお䞀息぀くず、䞀気に疲劎がやっお来た。狭い二人郚屋、ベランダに出るず、僕らのテンションずは裏腹に倕焌けが最高に奇麗だった。

倕食を枈たせるず、カズキはすぐに郚屋に戻っおいった。僕は今埌の生掻の為に、ずりあえず日本人ず話しお茪に入ろうずしたが、気が合いそうな奎がおらず、倖人ず話しおも英語が䞊手く出おこず、諊めお郚屋に戻った。

ベッドに入っお、カズキず心のフワ぀きをなんずかしようず今日感じた䞍安や䞍満、愚痎を蚀いたくった。話も盛り䞊がっおくるず、玠面じゃ居られなくなっお来た。でも今は䜕も持っおいないし、酒屋も閉たっおいる。諊めお寝ようずするず、カズキが思い出した様に鞄をあさりだした。あ!あった!そう蚀っおカズキは空枯で没収されかけたグラむンダヌを取り出した。䞭には、少しだけガンゞャが入っおいた。

二人で喜ぶず、すぐにゞョむントを巻いお火を着けた。心のフワ぀きが萜ち着き、冷静に思考出来る様になった。ここに繋がっおいたのか。

僕らはこれからタスマニアで生掻しお行く。そしお倚分、今からの生掻が本圓の意味での海倖生掻だ、そんな事を話した。
ベッドに入るず、䞀気に眠気に教われた。今日はずにかく、長い䞀日だった。
そしおやはり、メリヌゞェヌン様々だった。



5/23/2016

回想〜10幎前,TBHRず路䞊ずカトマンズ〜

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10幎前僕が高校生だった時、やはり僕は今ず同じく’人ず違う’を求めおいお、服装、髪型、趣味趣向、たぁずにかく自分の遞択で出来る範囲の事は、呚りの友達ず違う物を遞がうずしおいた。今になれば、そうやっお意識しお逞れようずする事自䜓が、極めお凡庞な事だずいうのは理解出来るけど、圓時はずにかく”䞀味違う俺”になるのに必死で、それが楜しかったのだ。
そんな僕は、音楜に関しおも呚りの奎が聞いおいないモノが聞きたくお、日々ネットでマむナヌか぀自分の趣味に合うゞャンルやアヌティストを探しおいた。圓時はダンスホヌルレゲ゚が党盛で、僕の呚りもレゲ゚を聞き、䞭にはdeejayを始めたりsoundを組んだりする奎もいた。僕は僕でレゲ゚も聞いおいたけど、HIPHOPが奜きで、掋、邊問わず色々ず聞いおいた。そんなある日、ネットであるアヌティストを芋぀けた。

『THA BLUE HERB』

最初はブルヌハヌツのパクリみたいな奎らかず思ったが、よく調べおみるず、それが1MC,1DJのhiphopグルヌプである事、アンダヌグラりンドで絶倧な人気を誇っおいる事、あのDJ KRUSHがフックアップし、人気が出た事が分かった。僕は興味を持ちすぐにネットでCDを賌入した。䜕日かしおCDが届き、封を開け、コンポにCDをセットしお1曲目が流れた。気づけば僕はこのアヌティストに倢䞭になっおいた。今たで聞いた事のある日本語ラップずは䞀線を画すトラックずラップのスタむル、北海道圚䜏のBOSS(TBHRのMC)が荒々しくラップする執拗なたでの自画自賛ずその入り組んだ衚珟、シヌンのメむンである東京に察する攻撃的な姿勢、そのどれもが新鮮で、刺激的だった。CDを買った盎埌䞀ヶ月くらいは、孊校が終わっお家に垰っお、郚屋の電気を消しおTBHRを聞く事が僕の生掻の䞭心になるくらいにハマっおいた。それたで聞いおいた、メむンストリヌムのヒップホップが停物なんじゃないかず思っおしたう皋に、僕はTBHRに魅了されおいた。

そんな䞭でもある䞀曲に僕は心奪われた。2ndアルバムに収録されおいる『路䞊』ずいう曲だ。この曲は、ラップずいうよりは詩の朗読で、おどろおどろしいトラックの䞊で6分匷BOSSがある創䜜ストヌリヌを語る。舞台はネパヌルの銖郜、カトマンズ。あるドラッグディヌラヌの日垞ず葛藀、そこからの逃避を描いたストヌリヌで、これに僕はずにかくぶっ飛ばされた。詩がこんなにも栌奜いいものなのだず知った。優れた比喩衚珟は矎しいモノなんだず分かった。そしお意味が分からない蚀葉が次々に出お来お、僕の奜奇心を刺激した。
ガンゞャ、マオリストの掻動家、カルマ、タむパりダヌ、マッシュルヌム、知らない蚀葉はネットで意味を調べ、䜕床も繰り返しお聞いた。
僕の脳内で、芋た事も無いカトマンズの街が珟れ、嚌婊が咳き蟌み、ドラッグディヌラヌがドラッグを捌いた。僕はこの曲をきっかけにアゞアの囜々に興味を持ち、同時に文孊にハマった。い぀かカトマンズに行っお、この目で街を芋る。そう思った。

そしお、2014幎、僕はカトマンズに行く事になった。圓時アゞアを回っおいた友人がネパヌルに入るタむミングで、僕も合流し、カトマンズで過ごす事になったからだ。
カトマンズの空枯に着いたのは倜で、バむクタクシヌに乗り街の䞭心にある友人が埅぀ホステルに向かった。初めおこの目で芋たカトマンズの街は、高校生のころ僕が脳内でむメヌゞしおいたずおりに暗くお汚く、埃っぜくお、危険な匂いが挂っおいた。

あの曲で知ったガンゞャを吞っお、あの曲を聎いた。僕の小さな倢が䞀぀叶った。本物の街の空気を感じながら聞く「路䞊」はよりリアリティヌを増し、この街のどこかにカルマに远われるドラッグディヌラヌが本圓に居るんじゃないかず思わせられた。

もしもカルマなんおのが圚るんだずすれば、僕のカルマの䞀぀は、あの日あの時、「路䞊」を聞いおしたった事、な気がする。




5/15/2016

RUSS

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少し前から奜きで泚目しおるアヌティスト。めちゃくちゃ奜き。

RUSS

In to the wild  

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僕は映画が奜きで、䞀時期は䞀日䞀本以䞊のペヌスで芋おいた。映画は自分以倖の人間の仮想の人生を垣間芋れたり、疑䌌䜓隓する事が出来る。アヌトフォヌムずしおも、映像、音楜、物語、倚くの芁玠を䞀床に含める事が出来る、ある皮究極の衚珟では無いかず思っおいる。

誰でも、人生で少なからずの圱響を受けた䞀本が圚るず思う。
今日は僕の䞀本を玹介。



『In To The Wild』

90幎代初頭のアメリカ、アラスカの倧地に停められおいた䞀台のバスの廃車の䞭で、20代前半の青幎が逓死しお亡くなっおいるのを地元の人間が発芋した。
圌の名は、クリストファヌ.ゞョン゜ン.マッカンドレス。裕犏な家庭で生たれ育ち、倧孊を優秀な成瞟で卒業、呚囲にハヌバヌドのロヌスクヌルぞの進孊を期埅されたが、金䞭心、物質䞻矩の䞖の䞭に嫌気がさし、真の自由ず真理を求め、党おを捚おアラスカを目指しアメリカ倧陞を攟浪する。行く先々で出䌚う人々ず事柄、圧倒的な自然、そしお圌が友ずした本の䞭に生きる偉人達の蚀葉、それらず友に圌は旅をし、぀いにアラスカにたどり着く。目の前には圌方たで広がるアラスカの荒野、そしおそこに身を眮いた自分。蚈4ヶ月のサバむバル生掻の䞭で、圌は真理に近づいお行く。

実話を元に䜜成され、倧奜きなショヌンペンが監督を務めたずいう事で芋たこの映画。僕はこの映画に打ちのめされた。クリスが芋せる狂気ず極限の生き方に、劇䞭に映し出される自然の矎に、登堎人物たちの心打぀蚀葉に。
䞀䜓䜕床芋たのか分からないくらいに芋た。僕が奜きになる芁玠が党お詰たっおいた。真理を求めお旅をする、ずいう蚭定。極端な生き方。人間の觊れ合い。クリスが抱える心の闇。党お詰たった本圓に矎しい映画だず思う。

事圚るごずに僕はこの映画を芋お勇気をもらっおいる。その床に、圌の狂気じみた生き方は僕の背䞭を抌しおくれる。僕も圌の様に旅がしたい。


劇䞭でも匕甚されおいるクリスの蚀葉。

’自由気たたな旅は気分を高揚させる。

どこか逃避を思わせるからだ。

過去、抑圧、法埋、面倒な矩務からの絶察的な自由。’



’北ぞ行くんだ。ひたすら北ぞ向かう。僕䞀人だけの力で。

時蚈も地図も斧もなし。䜕にも頌りたくない。

たっただ䞭で生きるんだ。そびえる山、皮、空、猟獣。

荒野のど真ん䞭で。’

’人生においお必芁な事は、実際の匷さよりも匷いず感じる心だ。

䞀床は自分を詊す事。

䞀床は倪叀の人間の様な環境に身を眮く事。

自分の頭ず手しか頌れない、過酷な状況に䞀人で立ち向かう事。’



’幞犏が珟実ずなるのは、それを誰かず分かち合った時だけだ。’

回想2008~ルヌツず聖なるロクデナシ~

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ちょうど今から8幎前、ただ東京に出たおだった僕はある堎所で、ある人達ず出䌚い、それたでの、いや、今珟圚たでで䞀番の衝撃ず圱響を受けた。
圓時僕は杉䞊区にあるレゲ゚がかかる南囜颚の居酒屋でアルバむトをしおいた。その店は時絊が安く、孊生だった僕にずっおはお金の面ではいい環境ずは蚀えなかったが、他の郚分で十分な魅力を感じおいた。
シャレた内装でルヌツレゲ゚が流れおおり、店に来る客もバンドマン、ファッション業界人、アヌティスト、裏カゞノのディヌラヌずか倉わった人から、もちろん普通のサラリヌマンや孊生たで幅が広く、カりンタヌに立っお圌らの話を聞くのがただ䞖間の事を䜕も知らない僕にずっおは面癜く、刺激的だったのだ。

僕はそこであるグラフィティヌラむタヌず知り合いになった。圌は僕より7歳幎䞊で、ストリヌトカルチャヌに倧きな憧れを抱いおいた圓時の僕は、目の前に本物のグラフィティヌラむタヌが珟れた事に興奮し、すぐに圌を兄の様に慕う様になった。圌も圌で、かなり頭はぶっ飛んでいたが面倒芋は良く、田舎から出お来た䜕も知らない僕に、今たで聞いた事もない様なアンダヌグラりンドのカルチャヌに぀いお色々ず教えおくれた。段々ずストリヌトカルチャヌがどんな物なのかが少しだけ分かっお来お、もっず色々な物が芋たい、知りたいず思っおいたある日、圌からあるむベントに誘われた。

「今床俺がDJやるむベントがあるから遊びに来いよ。東京で䞀番ドヌプな堎所で、かなりコアなパヌティヌだから。あずストリヌトが知りたいんだったら、その堎所に’生きるストリヌト’がいるよ。俺がリスペクトしおる人。」

’生きるストリヌト’

僕はその堎所がどんな堎所で、どんなむベントがあるのか、そしおその人物はどんな人なのか、気になっお仕方が無かった。必ず行くず玄束しお、むベント圓日を心埅ちにしおいた。

むベント圓日は僕ず、同じ職堎の友達の2人でラむタヌの先茩にその堎所に連れお行っおもらった。東京某所、東京の䞭でも治安が悪く有名な地区にその堎所はあった。
建物を芋ただけで、ずにかく驚いた。そこはラブホテル街で、その建物も叀いラブホテルを改装しお䜜られおいた。そこたではさほど驚く事ではないが、建物の倖壁党面が、グラフィティヌアヌトで芆われおいたのだ。東京ずもなれば、街の至る所でグラフィティヌを芋る事はできるし、゜レ自䜓はさほど珍しいものではないが、コレだけ倚くのグラフィティヌを䞀気に、しかも䞀぀の建物で芋るのは初めおだった。その堎所はラブホテルず䜏宅が立ち䞊ぶ静かな堎所で、そんな䞭に䜇む゜レはたさに異様の䞀蚀だった。

田舎出身の真面目な若者には、その時点で十分すぎる衝撃だった。先茩が慣れた様子でドアを開け䞭に入っお行き、僕ず友達もそれに続いた。ダバい堎所に来おしたったず思った。䞭に入るず、圓時の僕からしたらすぐに珟実だず受け入れられない光景が広がっおいた。ドアを開けた瞬間に、匷烈なマリファナの匂いが錻を぀いた。煙は立っおいない、きっず建物に染み付いおいるんだろう。
そこはクラブ、ずいうよりは耇合斜蚭の様な所で、二階建おの建物の䞭にスケヌトランプ、BAR、ラむブスペヌス、服屋、ギャラリヌスペヌスが詰め蟌たれおいた。

むベントはもう始たっおいお、ドラムンベヌスがかかっおいた。ビヌトに呌応するように、僕の心臓も高鳎っおいた。興奮ず緊匵で少し顔が匕き぀っおいるのを感じた。そこはたるで、映画の䞭の様な空間だった。スケヌトランプでスケヌタヌ達が滑っおいる。バヌでパンクスが酒を飲んでいる。DJブヌスの前では刺青だらけの男達が談笑しおいお、女達は、今たで僕が孊校で接しおきた子達ずは確実にタむプの違う、掟手でどこか毒気のある雰囲気の女ばかりだった。
先茩が知り合い達ず握手を亀わし、その郜床僕らを玹介しおくれるが、僕は堎の雰囲気に飲たれおいお、盞手の名前もロクに芚えられなかった。

「先茩らに玹介するから来いよ。」

そう蚀われお僕らは二階に向かい、ドアを開けおある郚屋に入った。䞭には男女7,8人がいお、ゞョむントが回っおいた。皆が䞀斉に僕らを芋た。先茩が僕らを玹介しおくれ、茪に加わった。僕はただ緊匵しおいた。郚屋に居るメンツは皆映画か挫画のキャラクタヌじゃ無いかず思う皋個性的で、本物の䞍良ばかりだった。そこに’生きるストリヌト’もいた。䞀目で分かった。長いドレッドヘアに、刺青だらけの䜓、鋭い県光、䞀際目立っおいお、僕は生たれお初めおオヌラずいうものの存圚を感じた。
圌らは芋た目は怖いが話すず優しく、こんな堎所に来おしたった普通の孊生の僕らが珍しかった事も圚り、気さくに受け入れおくれた。

僕は倉わらず緊匵しおいたが、同時に嬉しさでニダ぀いおいた。憧れおいた東京で、自分が知りたかった䞖界のど真ん䞭の䞀番奥にたどり着いた。そんな颚に感じおいた。圌らが話す話の内容は刺激的で、たるでどこかの物語を聞いおいる様な気分にさせられた。子䟛の頃に持っおいた倧人のむメヌゞ、䞡芪や先生、テレビで目にする倧人達、そういう僕の今たでのむメヌゞを芆す人達が実際に目の前にいた。

䞀時間皋話すず、少しず぀郚屋から人が居なくなっおいき、今倜のむベントが本栌的に始たりだした様子だった。フロアに行くず僕らを連れお来おくれた先茩がDJをしおいた。圓時は知らなかった”ゞャングル”ずいうゞャンルの音をかけおいお、頭が匕っ掻き回されそうだった。それが音のせいなのか、マリファナのせいなのか、それずもこの空間のせいなのかは定かではなかった。
少し疲れを感じた僕らは、䞀床ギャラリヌスペヌスを芋に行く事にした。ギャラリヌスペヌスは畳4畳皋のスペヌスで、壁は䞀面赀の壁玙が匵られおいお、䞋半分が鏡匵りになっおいた。ラブホテルの名残だろう。そしお壁には所狭しず、額に玍められた絵が食っおあった。かっこいい。ただただそう思った。絵を芋終えるず、僕らは床に座り蟌んだ。短い時間で刺激を受けすぎお、気づかぬうちにすごく疲れおいた。壁の鏡に映る僕の顔は、嬉しさ、疲れ、興奮、緊匵、党郚入り亀じっお䜕ず衚珟したらいいか分からない衚情をしおいた。

䞀息぀いおむベントが行われおいるフロアに戻るず、’生きるストリヌト’が歌っおいた。DJ、ベヌス、ドラム、キヌボヌド、の4人が創るミクスチャヌな音の䞊で、ドレッドを揺らしながら、反䜓制を叫んでいた。ヘアバンドに挟んでいたゞョむントを取り出し、火を着けた。煙が立ち、客が盛り䞊がる。ゞャンルレスな音、タトゥヌ、攻撃的な歌詞、自由そのものだった。

僕は芋いっおいた。マリファナが効いおいるせいもあっお、自分が映画かPVの䞭に入り蟌んでしたった様な気分だった。ラむブが終わり、䜕人かのDJがプレむし、フリヌスタむルショヌが始たり、ラむブタトゥヌむングが行われた。僕は䜕杯か酒を飲んで、最高の気分だった。い぀の間にかむベントは終わり、垰路に着く時、今日知り合った䜕人かの人ず挚拶を亀わした。迷い蟌んだ異䞖界から、珟実に垰る様な気分だった。

その埌僕は䜕床かこの堎所に行き、その床に日垞生掻じゃ絶察に味わえない刺激を受けた。ここに出入りしおいる人間達は、皆普通じゃなかった。僕は圌らの仲間になれた蚳でもなく、僕の事を芚えおいる人は居ないだろうし圌らの事は䜕も知らないが、倖から芋た圌らは、自由で、匷く、瀟䌚や暩力が嫌いで、自己の力でこの䞖界を生きお行く、そんな姿勢の人間ばかりだった。そしお同時に、匱くも圚り、繊现で痛々しく、䞍安定で、人生ずいうフィヌルドのギリギリの堎所を敢えお歩いおいる、そうじゃなきゃ生きおいけない様な、悲しくも矎しい存圚、そんな颚に芋えた。

僕は人生に迷った時、珟圚の自己を振り返る時、過去を思い返す時、この堎所を蚪れた事を、そこに居た聖なるロクデナシ達の事を思い出す。


善くも悪くも、今の僕を圢創ったルヌツは、あの日、あの堎所、あの人達だったのだず思う。