1/07/2016

憂鬱

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朝、誰もいない家で目が覚めた。この時間に起きるのは僕だけだから、皆出掛けていて家に居るのは僕だけだ。天井には毎日見ているファンが頼り無さげに廻っている。窓の外を見て晴れて居る事を確認して、コーヒーを淹れる。ベランダに出て煙草に火を着けて、海沿いに偉そうに建っている高級マンションを見る。
いつもの光景だ。初めは新鮮に感じたオーストラリアでの生活も数週間も経つと慣れ、僕にとって外国の街だったサーファーズパラダイスも、すっかり僕が住んでいる街になった。
家から海に歩いて15分で行ける事も、白い砂浜も、路面電車も、サーファーもスケーターも、金持ちの中国人観光客も、土産屋も、ストリップも、ケバブ屋も、カトリックの勧誘も、ニューエイジ系のサロンも、モデルみたいな白人の女も、安く簡単に手に入るマリファナも、カジノも、僕の日常の一部になった。
人間の慣れる能力は僕らにとって諸刃の剣だ。酷い環境に居るとき、慣れは僕らを助けるが、理想的な場所や出来事に遭遇した時の新鮮さや喜びをすぐに奪いさってしまう。
僕らは何処に行っても、何を手に入れても、慣れて、飽きて、また新しい刺激を求めて彷徨う事になる。

しかしサーファーズでの生活は悪く無い。ゆったりとした時間と環境の中で、一日八時間の労働、空いた時間は文章を書いたり絵を描いたり、友人と過ごしたり。
友人、僕は友人が少ない。すっとそうだ。中学生の時から入学式や卒業式、学校行事があまり好きでなくなった。集団の中に居ると、疎外感を感じるからだ。1人ぼっちだった訳じゃない。いつも一緒にいる誰かはいたし、親友だと感じる奴もいた。ただ、どうしても心で繋がり合っていないという違和感を感じていたし、例えばそう、集団の中で急に二人一組を作る事になった時に自分が溢れるのは確実だと感じていた。多分問題は僕にある。本心を言えず、心を開かなかったからだ。
衝突を恐れてはっきりと物事を言えないのは日本人全体の国民性だと言われるが、僕はその典型みたいな奴だ。
言いたい事が言えない関係はストレスを産む。中学を卒業し、高校を出て東京に移り住んだ。その間僕のストレスは天漏れの水がバケツに溜まるように少しずつ溜まって、段々と人と深く関わる事を避ける様になった。表面的には上手くやれる。何人もと知り合って表面を撫で合うような関係を築いたがそれらは長続きしなかった。
最後に東京で生活していた時は、僕はほとんど一人だった。週に一度、数少ない友人と言える人間と会う以外は一人で過ごした。誰かと関わる事はリスクとストレスを伴う、しかし、誰とも会わない事は寂しさを感じる。
人間はわがままで不都合な生き物だ。そんな矛盾と葛藤しながら、毎日を過ごしていた。

しかしオーストラリアに来てそんな僕の生活は一変した。
ここにくる時に決めた事の一つに、なるべく多くの人間と知り合い、話をする、というのがある。僕はこれに忠実に、ここに来てから色んな奴と知り合いまくった。
初対面の居心地の悪さを何度も味わって、出来るだけ多くの人間と関われる様に務めた。
これは言わば荒療治で、新たな環境で今までと全く違うやり方で人と関われば、僕がずっと抱えている人間関係の問題を克服できると思ったからだ。
試みは成功して、僕は多くの知り合いが出来た。東京に居た時は週に一度か二度鳴るだけだった僕の携帯が毎日鳴る様になり、仕事が終われば誰かと酒を飲んだり、ガンジャを吸ったり、クラブに遊びに行ったりして過ごした。
僕がこの街で知り合っているのは日本人ばかりだったが、さすがにオーストラリアまで来ているだけあって色んな奴が居た。
旅人、ジャンキー、白人の男を捕まえにきている女、大学生、元風俗嬢、スケーター、サーファー,DJ,ナンパ師、オーストラリア生まれの日本人、ハーフ、プッシャー、ヒッピー、美容師、絵描き、精神的に止んでいる奴から、はつらつとした奴まで、短い時間で一風変わった奴らと知り合い、時間を過ごした。
毎日が昨日の延長のようで、濃い絵の具が混ざっている中をもがきながら進んでいるようだった。ほとんどは良い奴だったし、今まで避けてきた様な遊び方や関わり方を経験する事が出来た。失った青春を取り戻しているようだった。
しかし、結局僕の中のイラつき、違和感と不安感、罪悪感、自己嫌悪は僕を離してくれず、こころの中は東京に居た時と変わらずだった。
オーストラリアの気候と広い空は心を明るくしてくれるが、根元から溢れ出している負のエネルギーは、抑えきる事が出来ず、何度も憂鬱をつれて来た。

大体、僕は何をやっているんだ?外国に来たのに日本人ばかりとつるみ、毎日を無為に過ごしている。この小さな街の日本人社会もうんざりだ。何故人と関わるとストレスが生まれるんだ?そして僕は何かしなければいけない、この思いが自分を責める、繰り返してしまう怠惰に自己嫌悪を感じて何かしろと急かしてくる。
当たり障りの無い人間関係も嫌になる、金がない事も、女が居ない事も、結局繰り返しになる毎日も、発展性の無い仕事も、壊れかけのパソコンも、ヒビの入ったiphoneも。
変えなければいけない。僕は結局また何も変わらずに希望を抱いては自分で打ち壊して、ベッドの中で頭を抱えている。
環境を変えることで振り切ったはずのネガティブは、少し遅れてまた僕の所に戻ってきた。同じ所に定住すると必ずこうなる。エネルギーが停滞して腐って行く様な感覚。

このころ僕の精神的アップダウンは激しくなり、動かない体を引きずりながら仕事に行くことが多くなった。僕は大丈夫だ、この道は間違っていないしきっと素晴らしい所に行く事が出来る、そう思える日は太陽がまぶしくて、行動に意識が渡り、人と会う事は喜びだ。
逆に、もうダメだ、僕はこの歳になっても何も持っていない、同じ事を繰り返している、ずっとこうやって苦しむのか?人生は初めから勝ちの無い無益なゲームだ、そんな風に思ってしまう時は僕の中の全てが停止しているように感じる、創造性も、向上心も、活発性も、好奇心も。
自信がなくて、人に会う事が怖くなる。
僕以外の皆も僕と同じ様に頭の中で色んな事を考えている、それ自体がすごく恐ろしく感じる。

家の近くにあるペリーパークは川に面していて、奇麗な芝生と子供用の遊具があり、大きな木がある。一番大きな木の下の木陰は僕のお気に入りの場所だ。
ある休みの一日、何もやる気の起きなかった僕は朝から公園で本を読んでいた。
目の前では子供達が遊具で遊んでいる。滑り台を滑り降りるだけでキャッキャと騒いでいる。曇りの無い笑顔で笑っている。僕にもこんな時があったはずだ。
幼い頃、目の前の現実が楽しくて好奇心に溢れていた時、、
僕は子供のようになりたい。











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