2/11/2016
自己の発見
アサミと知り合ってから僕の生活は少しだけ明るくなり、他に抱えている悩みがどうでもいい物だと感じられたりもしたが、同時に10年近くぶりに嫉妬心と闘うハメになった。
最初こそ僕らの関係は互いにグレーゾーンを漂いながら上手く行っている様に感じたが、次第に彼女の態度は素っ気なくなっていき、男の僕からしたら理解出来ない女性特有の心の揺れに困惑させられた。二人で会う事になっても、何故か不機嫌だったり、気分じゃない、と言われかわされる様になった。僕はたまに連絡をし、彼女との半端な関係を続けようとしたが、そうすればする程逆効果だった。
人間は手に入らないモノを欲しがる。こうやって上手く行かない事が、僕の意識を彼女に向けさせ、いつの間にか彼女の事ばかり考える様になった。僕にはやる事がある。一人の女の事を考えている余裕などない。そう思えば思う程、僕は思考のコントロールを失い、うじうじと悩む様になった。
そんな自分を認められるはずは無かった。だってそうだろう。もしこれが他人に起きている出来事でそいつが悩んでいたとすれば、僕はそんな小さな事で悩むなんて馬鹿らしいし、女々しいと思うはずだ。なのにいざ自分の事となれば、僕は僕が大嫌いな女々しい弱虫になってしまうのだ。
連絡が来ていないか頻繁に携帯をチェックする事も、仕事で彼女が客と楽しそうに話すところを見て嫉妬する事も、偶然会って話す時にぎこちなくなってしまう事も、僕が追い払いたい僕の一部がさせる事だ。そもそも僕は女性が苦手だ。所詮、心からの触れ合いをした事の無い精神的童貞だ。
合コン、ナンパ、仕事の飲み会、色んな場面でこの複雑で矛盾だらけの自我は同じような思いをして、その度にごまかして、忘れようとし、見えない所で敗戦記録を積み上げ、小さなプライドを守る為にリングにすら上がらなくなった。リング上で戦い、勝利した奴の幸せそうな姿を、僕と同じ様な奴らがたむろする一番安い席からうらやましげに見つめる事しかしなくなった。
このままではまずい。そんな事は分かっていつつも、拒絶される事とプライドが傷つく事を恐れてこのやっかいな一面と向き合う事を避けてきた。さすがにそろそろマズいと思った。いつまでも逃げ続ける訳にもいかない、今までとは違った反応をしないと僕はいつまでもこのままだ。
考えた。まず僕はどうしたいのか、彼女に惹かれているのは確かだし、出来るならば付き合いたい、ただ、僕には予定がある。この時点で、僕は後2週間でこの街を去り、次の目的地に行く事を決めていた。会ったばかりなのに遠距離で関係を続けるなんて出来るはずが無い、ただでさえ恋愛経験の少ないこの僕が。
もし付き合えることになれば、僕はこの街に残っても良い、そう思った。後になって考えれば、愚かな考えだと分かるが、この時の僕は思い込みと勘違い、独占欲に支配されて正常な判断は出来なくなっていた。それくらいに、手に入らない彼女を自分のモノにしたいと思っていた。
僕以外に笑いかけないで欲しい、僕を好きになって欲しい、時間を全て僕にくれ、
無条件で僕を受け入れてくれ。正直になって聞いたエゴの声は、今まで教えられてきた人としてあるべき姿からは遠くかけ離れた、わがままで、自分勝手で、弱く、正直さ以外に一切の純粋さを持たない、汚れたノイズだった。僕の中には、今まで意識した事のないこんなモノがあったらしい。
だからと言って別に構わない。聖人になりたい訳じゃない。これは自己の探求だ。愚かな凡人が何者かになろうと踊っているダンスだ。大体僕はいつもそうだ。自分が何かを手に入れる、自分が他人から何かしらの評価を受ける、得をする、そう言う事を一番大切に思っているんだ。この気取った駄文も、そのはけ口で、この1文は僕を知る数人の読者への保険だ。
思考をこねくり回したが、結局僕に出来る事は思いを伝える、そこまでだ。それ以降は彼女の範疇で、僕にどうこう出来る事じゃない。この考えは間違っちゃいないが、この時の僕は少しおかしくなっていた。今にして思えば、開き直って勢いづいていただけだと思えるが、この時の僕は、精神的に一皮むけたんじゃないか、思考が変わり世界が少しだけ変わったんじゃないか、そんな風に思っていた。僕は僕を肯定し、自分の心のままに行動する事が一番大切であり、もはやそこに相手の存在は関係なくなっていた。極端な考えしかできない人間が、一度自己肯定の姿勢に入るとこんな風になる。
僕は彼女の気持ちも、都合も無視して連絡しまくり、なんとか思いを伝えようとした。端から見ればストーカーだが、僕の中では友を助ける為に走るメロスの様な気持ちになっていた。他人がどうした?関係ない。お前らがどう言おうが僕は正しく、自分に挑戦する者は、勇敢だ。開き直った自己認識ってのはなんて気持ちいいんだろう。
根拠なしの自信と、強引に上げていく自己評価とは裏腹に、彼女とは全く連絡が取れなくなった。初めのうちは思いを伝えられない事にフラストレーションを感じていたが、次第に、正面から向き合おうとする僕に対して、逃げた彼女は卑怯だ、そんな風に都合良く解釈する事で執着は薄れていった。
諦めがつき、いきすぎた自己肯定も治まり僕はまた前の僕に戻った。そして僕がこの街を離れる二日前、急に彼女から電話がかかってきた。
「電話がかかってきてたから電話したんだけど、登録してないから分からない。この番号誰?」
そんな風に言われた。僕は電話はしちゃいない。電話がかかってきた経緯はどうでもよかったし、もう今更何を言ったところで何かが変わる事はないと分かってはいたが、僕は思っていた事を全て伝える事にした。
彼女に惚れている事、嫉妬していた事、連絡がとれず落ち込んだ事、どうするべきかは分からないがとにかく気持ちを伝えたかった事。言わなくても良い様な事まで吐き出した。最高に刺激的なマスターベーションだった。
「ありがとう。まず先に言っておくと、別に無視してた訳じゃない。あたしは本当に気分屋で、人の連絡を取らない事なんてザラにある。良くないとは分かってるけどいつもそうなっちゃう。それと、あたしを良いと言ってくれるのは嬉しいけど、あなたの事はほとんど知らないし、いつ何処に行っていつ戻るのか分からない、将来もどうなるのか分からない、そんな人と気楽に付き合える年齢じゃないし、あなたと付き合う事は出来ない。ただ、一つ言える事はあたしは多分数年経ってもこの街にいるし、会おうと思えばいつでも再会出来る。だから次の場所に行っても頑張って。」
僕が会おうと思えば再会出来る、これにどれくらいの慰めと可能性があるのか分からなかったが、自分の思いを伝えた事で僕はすっきりした。僕らは週に一度、電話で話す事を約束して電話を切った。
その後、最初のうちは約束どおりに電話をしていたが、新しい生活をしていく中で次第に気持ちは薄れていき、電話もしなくなった。結局僕は人に恋する自分に酔っていただけで、大した気持ちじゃなかったらしい。実際今は同じ家に住むイギリス人に夢中だ。
それでもこの出来事の中で、逃げ回るだけでは見つからなかった自分をいくつも見つける事が出来た。彼女のおかげだと思っている。もし次に彼女に会う事が在れば、僕はどんな人間になっていて、どんな風に話すんだろうか。出来れば今とは違っていれば良いと思う。
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