10/26/2015
SAK-YANT3〜忘れぬように〜
改めてサクヤンを入れる事を決意した僕は施術を待つ人達の列に並んではみたものの、何から何まで分からない事だらけだった。
入れたい図柄は選べるのか、お布施や供え物はどうすればいいのか、この場のルール。
誰かに聞こうと思うが、周りを見渡す限り英語が通じそうな人がいない。
周りの人達もいきなり列に加わって来た外国人に驚いた様子で、これまで全体で作りあげていた空気も異物が入った事によって壊れてしまった様な気がする。
僕は一度この場を離れて誰か英語が通じそうな人を捜す事にした。
寺の境内を歩いていると、向こうから三人組の男が歩いて来た。
三人とも歳は20代前半だろう、見るからに不良で三人のうち二人は手首まで刺青が入っている。どう見てもお寺には合わない奴らだ。
僕は彼らに声をかける事にした。三人のうち一人の腕がサクヤンで覆われていたからだ。
「こんにちは。突然悪いんだけど助けてくれないか。僕は日本から来て、サクヤンを入れたいと思っているんだけどルールがいまいち分からない。よかったら案内してほしい。」
出来るだけ丁寧に話した。
三人が顔を見合わせる。真ん中の一人が口を開いた。
「お前サクヤンが欲しいのか?外人はたまに来るけどアジア人は珍しいな。サクヤンは普通のタトゥーに比べてかなり痛いけどお前大丈夫か?」
明らかに馬鹿にした感じで言って来た。僕の馬鹿に丁寧な口調も手伝って、彼らの目には僕がかなりひ弱な奴に見えたんだろう。左右の二人はニヤついてやがる。
彼らは一応英語が通じるし、サクヤンにも慣れている様子だ。彼らに案内してもらうのがいいと考え、いらつきを抑えながら答えた。
「大丈夫だ。その為にわざわざタイまで来たんだ。」
三人がタイ語で会話している。面白いから案内してやろうぜ、そんな事を話しているように見えた。
「OK.じゃあ着いてこいよ。まず花と線香のセットを買うんだ。」
とにかく僕はガイドを見つけた。彼らの案内に従って花と線香のセットを買う。
同時に小さな皿を渡された。
「ここに花と線香、お布施の25BHT(日本円で150円程度)を入れるんだ。それを僧侶に渡して、刺青を彫ってもらう。僧侶の前に行ったら腰を屈めて手を合わせろ。敬意を示すんだ。」
僕は皿を持って僧侶のいるところに向かった。4人のうち誰に彫ってもらうか迷ったがネットで見た事のある人に彫ってもらう事にした。彼は室内で施術を行っていた。
VICE で女性記者が彫ってもらっていた、あの場所だ。
室内では2人の僧侶が刺青を彫っている。僕は皿を持って部屋の隅に腰を下ろした。
案内してくれた男が僕の方を指差しながら僧侶に何か話している。
僧侶が頷く。
男が近づいてくる。
「お前の事を頼んでおいたからあとは大丈夫だ。今日の受付は今部屋にいる人間で終わりだからお前は一番最後だ。図柄は選べる。順番を待って、自分より1人、2人先の人間の施術を手伝うんだ。自分の順番の時は僧侶に必ず敬意を示す事。俺はもう行くから頑張れよ。」
もう行ってしまうのか、そう思いながら僕は男に礼を言った。
後は待つだけだ。室内を見渡す。12畳ほどの室内に20人ほどの人がおり、施術を受ける者以外はそれを取り囲むように座り、皆静かに押し黙っている。
時折一言二言会話がある程度で、窓の外の樹が風に吹かれ葉が揺すれる音がよく聞こえる。
今まで味わった事のない厳かな空気が流れている。やはりこれは宗教儀式なのだ。
かといって息苦しい訳ではなく、皆リラックスしている様子で、緊張しているのは僕だけみたいだ。
かといって息苦しい訳ではなく、皆リラックスしている様子で、緊張しているのは僕だけみたいだ。
一人、二人と施術を終え部屋を出て行く。
小刻みに震える奴、ぶつぶつと何かを唱えている奴、全くの無表情で微動だにしない奴、施術を受ける者の反応は様々だ。
共通していたのは、男も女も施術を終えるとすっきりした顔で、なにか達成感の様なものを感じているように見えた事だ。そして誰もが強い信仰心を持ち、僧侶に対して尊敬の念を持っていた。
自分の順番が近づいてくるにつれてナーバスになって来た。
一体僕は何をしているんだろうか?言葉の通じない外国人の中に混ざり、異様な空間の中にいる。数日前まで日本で普通の日常を過ごしていたのに。
それにやはりサクヤンはかなり痛そうだ。負うリスクもかなりのものだろう。第一に衛生面は全く期待できない。何よりも僕は今から刺青を入れるんだ。僕みたいな奴にとってはそれだけでも大事なのだ。
周りのリラックスした空気に反して僕の緊張は高まり、落ち着くことが出来ず何度もトイレに行く。
周りの人達は目が合うと笑顔を向けてくれるけど、ひきつった笑顔を返す事しか出来ない。
室内からはどんどん人がいなくなり、僕の一つ前の男が施術を受ける番になった。
僧侶がジェスチャーで男の体を抑えるように指示して来た。
既に刺青だらけの男が僧侶に背を向けて座る、僕ともう一人で体が揺れないように抑える。触れると分かる、体が小刻みに揺れている。男は固く目を閉じ、痛みに耐えている。
僕の緊張はピークに達していた。
次は僕の番だ。
男の施術は15分ほどで終わった。
僧侶が僕に服を脱ぐように言ってきた。視界が狭まり鼓動が早くなる。
服を脱ぎ僧侶の前にひざまづき、花と線香、お布施を渡し手を合わせ頭を下げる。足が震える。
入れたい図柄を伝え、僧侶に背を向けて蓮華座を組んで座る。抑える役目は僕の前に施術を終えた男達が手伝ってくれた。
「リラックス」
男が耳元で言ってきた。
背中を消毒される。緊張で感覚が敏感になっているからか、消毒液がやけに冷たい。
一突き目は突然やってきた。
40センチのロッドが皮膚を刺す。
あまりの痛さに体が震える。僕を抑える男の腕に力が入った。
僕は集中して痛みに耐える為手を合わせ目を閉じた。
針はリズミカルに上下し、僕の体を突いている。こんな痛みに何分も耐えられるんだろうか?痛みを感じる感度は人によって様々らしいが、僕は敏感らしい。気を抜いたら失神しそうだ。
もしこの激痛が数時間続くと言われれば僕は自ら命を絶つだろう。
それくらいの痛みだ。
極度の刺激は極度の集中を引き起こす。
普段あれだけ余計な事を考えているこの頭が、この時は痛み以外になにも無く真っ白だった。僕は少しでも痛みから気を紛らそうと呼吸に意識を集中する。
目の前で合わせた手から汗が流れてくる。
どこの毛穴から汗が流れたか分かるくらいに僕の感覚は敏感になっていた。
不思議と僕を抑えている男の手の感触は感じない。
頭の中で絵が見える。
真っ白の背景に黒い蛇が蜷局を巻いている。蛇は針の刺激に合わせて踊っている。
施術が進むに連れて蛇の動きは激しくなり、円を描くように動き出した。
サクヤンによってトランス状態に陥ることはよくあるらしく、彫った図柄が動物であればその動物が体に乗り移ったり、失神して泡を吹いたりする人もいるらしい。
アンジェリーナジョリーは白目を剥きぶつぶつ独り言を言い出したそうだ。
そういう話は知っていたけど僕は信じていなかった。素面でそんなことになるはずが無い。
しかし、今思えばこの時僕はトランス状態に入っていたのかもしれない。自意識は保っているもののビジョンがはっきりと見えすぎていた。
痛みと真っ白な背景、黒い蛇、静まった思考、これらが合わさり少しずつ快感に変わってきた。胸から言いようの無い何かがこみ上げてくる。
首から数滴の汗が流れ落ちた。
20分ほど経っただろうか、突然針が止まり痛みが無くなった。
後ろからぶつぶつお経の様な声が聞こえる。
これはカタという呪文の様なものらしく、サクヤンに力を宿す特別な文言らしい。
蛇が描く円の中心から黒い煙の様なものがじわじわと湧き出てくる。
カタが止んだ。僧侶が僕の体に彫ったサクヤンに息を吹きかけた。
円の中心から湧き出てきた煙が一気に中心に引き込まれていき何かが僕の体に入ってきた。確かにそう感じた。
僧侶が僕の肩を叩いた。
終わったらしい。僕は合わせていた手を離し、ゆっくりと目を開けた。
目を閉じていたから全く気づかなかったが、いつの間にか目の前に数人のギャラリーが出来ていた。外国人がサクヤンを入れる姿が珍しかったんだろう。
目の前で僕を見ていた男が親指を立てて微笑んだ。痛みから解放された僕はやっと笑えた。
たった20分程座っていただけなのに足が酷く痺れている。変に力を入れていたせいだろう。僕は腕の力を使ってなんとか僧侶の方に向き直り手を合わせ頭を下げた。
仏頂面だった僧侶が満面の笑みで手を合わせ、僕に会釈した。
僧侶が部屋を出て行き、僕の施術を見ていた人達も部屋を出て行く。
僕の興奮は収まらない。鼓動は未だに早く、痺れが抜けた足は小さく震えていた。
鞄からノートを取り出して、体験した事とこの気持ちを忘れない様にメモを書いた。
サクヤンを入れたところで特別な力を手に入れたり、何かすごい才能が開花したり、そんなことはないだろう。それでも自分のやりたい事の為にリスクを冒し痛みに耐え、欲しいものを手に入れた、これは僕にとっては大きな事だ。
サクヤンを手に入れた満足感と、痛みからの開放感でハイになってきた。
窓の外を見ると日が沈み始めている。
久しぶりに感じるナチュラルハイに浸っていると、僕を案内してくれたあの男達が部屋に入ってきた。
彼らに礼を言い、サクヤンを見せた。
僕らは無言で握手を交わした。
「サクヤンの力はマジだよ。俺は今まで何度かもうだめだってくらい危ない目に遭ってるけど不思議と助かってる。最初はただのタトゥーだと思ってたけどこいつの力は本当だ。今日からはサクヤンがお前を守ってくれる。どういう事か分かるか?」
腕がサクヤンに覆われている男が僕に問いかけてきた。
質問の意味が分からず答えあぐねていると、男がまっすぐ僕の目を見つめて言った、
「いつでも戦え、挑戦しろって事だよ。」
僕らは再度握手をして分かれた。
この旅で最初の僕の小さな挑戦が終わった。
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