11/01/2015

僕とロックと未来のヒーロー(フィクション)

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この日も僕は一人だった。
もうやる事も無ければ、何かをやる気も起きなくなっていた。
日の当たらない安宿のベッドに寝転び天井を見つめていると、もうここから動き出せない様な気がしてくる。何の為に海外に出てきたのかさえ忘れてしまいそうだ。創作もしていないし、文章も書いていない。

ここにいてはダメだ、宿を変えよう。
そう決めてすぐにバックパックに荷物を詰め込んで部屋を出た。移動は心を軽くする事をこの数年で僕は学んでいた。言い換えれば逃げ癖が着いたのかもしれない。

数日ぶりにバックパックを担いでカオサンロードを歩く。すれ違う旅行者達を見ていると僕以外全員カップルか家族連れなんじゃないかと思えてくる。早く歩かなければこの空気に絡めとられて動けなくなりそうだ。

新しく選んだ宿はカオサンロードをチャオプラヤ川方面に抜けた先にある、有名な日本人宿だ。とにかく、話がちゃんと通じる誰かと会話がしたかった。

きっと僕と気が合う奴がいて今夜は飲みに出かけるだろう。この孤独感も嘘みたいに消えるはずだ。全てを忘れて下らない話で笑おう。

そんな希望は一瞬で打ち砕かれ、数時間後、僕は同じようにベッドに寝そべって天井を廻るファンを見つめていた。
確かに日本人宿だけあって数人の日本人が滞在していたが、僕とはタイプが違いすぎる奴ばかりだった。彼らとのお決まりのうすっぺらい会話を適当にやり過ごすと、部屋に引きこもった。
実際に何が違うのかは分からない。ただ、明らかに相容れない事は少し話しただけで明白だった。学生ノリの雰囲気や、希望に溢れすぎている旅人達の会話に着いていけない。
あれだけ人恋しかったのに、一人になりたいと思った。
僕は彼らとは違う、そんな風に思ってしまう。勘違いだって事も分かっているし、そんな風に気取っている自分を責めてもいる。どちらかと言えばおかしいのは僕で、端から見たら痛い奴なんだろうけど無理なものは無理だ。少なくとも今は。

何もしていなくても時間はあっという間に経ち、日が沈んだ。
僕は酒を飲みに行く事にした。そんなに強くない酒をここ数日毎日飲んでいる。
素面で過ごすには夜は長過ぎるからだ。

今日一日で体に染み付いた怠惰やネガティブの匂いを落とすようにシャワーを浴びて、新しいシャツを着て街に出た。
行き先はここ数日通っているレゲエバーだ。その店はカオサンの裏通りにあって、怪しい雰囲気が漂っている。小さな店で席は10席ほどしかなく、一風変わった奴らが集まっている。この店は大きなスピーカーが置いてあって、クラブに近い音量で音楽が聴けるのがお気に入りの理由だった。

ここ数日ですっかり顔見知りになったオーナーと挨拶を交わし、席についてビールを飲んだ。

この日はライブの日らしく、カウンターの前でドレッドの男が歌っている。
彼がアコースティックで歌うボブマーリーが最高にかっこ良くて僕の酒も進む。
店内の客は僕一人で、一対一の贅沢なライブだ。曲の合間に彼と会話する。
彼はフランス出身で、ギターを持ってレゲエを歌いながら世界を旅していたらしい、そして途中で行き着いたバンコクが気に入り、今はバンコクに住んでレゲエシンガーとして活動している。

彼に君の歌が好きだ、と伝えると何かリクエストはあるか?と聞いてきた。
君のオリジナルが聞きたい、出来れば明るい気分になるやつがいい、そう言うと男はウインクしてギターを弾きだした。
男がドレッドを揺らしながらギターの弦をはじく。

「中東じゃ人が殺し合っている、アフリカで飢餓で死ぬ奴がいる、誰かが病気で苦しんでいる、ニューヨークはジャンキーの墓場だ。俺はいつも笑ってる、最後に俺が死ぬときは、タイマッサージを受けながら極楽気分で死んでいく。なにがあっても笑っていれば、俺はいつでもハッピーなんだ。」

曲も彼も盛り上がっていき、僕も自然と体が揺れる。少しふざけた彼の歌詞が心を明るくしてくれる。人間の幸、不幸は本人次第で、絶対の条件があるわけではないはずなのに僕らは曖昧な物差しでそれを計ろうとする。
何があっても笑っていられる男になりたいと思った。

ライブで感動したのは久しぶりだ。手が痛くなるほど拍手を送った。
僕らはレッドストライプで乾杯して、もう一度彼にボブマーリーをリクエストした。


Get up stand up が終盤にさしかかった時、一人の客が入って来た。
そいつはアジア系で、ぼろい服に女みたいな黒の長髪、目つきが悪く赤く充血している。
見た目は全く違うけど僕と同じ匂いがした。

「もしかして日本人ですか?」
僕がボブマーリーに聞き入っていると話しかけられた。急に聞こえてきた日本語に少し驚き隣を見ると、奴が充血した細い目をこっちに向けている。

「そうだけど」
僕が無愛想に答えると、そんな僕の態度はおかまいなしに奴は僕の席にやって来て自己紹介を始めた。

そいつの名前はワタル(仮名)で、歳は19歳とかなり若い。見た目からは信じられないがまだ学生らしく、夏休みに旅行でタイに遊びにきたらしい。少し話して僕らは意気投合した。ワタルは見た目どうりに生意気で、敬語もろくに使えない奴だ。本来なら嫌いなタイプのはずが何故か僕らは仲良くなった。

僕も自己紹介し、日本で何をしていたか、何故旅に出たか、ここ数日の事や今日感じた憤りまで話した。酒の力も手伝って僕はいつもより饒舌になっていた。

ワタルが細い目を見開いて言った。
「めちゃくちゃロックっすね。俺も学校終わったら海外に出ようと思ってるんスよ。日本つまんないし。息苦しいっすよ。そんな感じっすね。」

僕がロックかどうかはさておき、ワタルの判断基準はロックかロックじゃないか、それが全てらしい。
ノエルギャラガーをリスペクトしていて携帯の待ち受けは山口富士夫の写真だった。
僕はますますこいつが気に入った。僕は馬鹿で変な奴が好きだ。

「そういえば、こっちで何かゲットしました?」
ワタルがニヤつきながら聞いてきた。好き者同士だから通じる主語のない会話。
何を?なんて野暮な質問は無しだ。

「いや、バンコクは今厳しいから探してもないよ。」
当時のバンコクは爆破テロの直後で街には警察が溢れていたし、数年前からカオサン近辺はプッシャーと警察が手を組み、プッシャーから買うと直後に警察が現れ見逃す代わりに大金を要求されるという手口が流行っているという話を聞いていた。
そんな状況でリスクを冒すほど僕はジャンクじゃない。それでもワタルの質問に少し胸が高鳴ったのは、僕が心のどこかで求めていたからだろう。

「そうなんすか?俺余裕でしたけどね。てゆうかテロとかあったの知らなかったっす。まぁ知ってたとしても関係ないっすね。今すげぇいい所に泊まってるんで。マジヤバいっすよ。」

僕はワタルのこの話に食いついた。聞けばワタルはカオサンから車で1時間ほど離れた所にある宿に泊まっているらしく、そこは軽井沢の別荘のような雰囲気で、オーナーがモノを売ってくれる上に宿泊費も安く、口コミで好き者が集まる、僕らみたいな人間にとっての楽園らしい。

「絶対来た方がいいっすよ。今いる人達も面白い人ばっかりだし、音楽も爆音で聞けるし、てゆーかこの情報が入った時点で呼ばれてますね。」

人は自分に必要な事以外は目の前に現れない。僕はそう思っている。そういう意味でワタルの言っている事はもっともだ。この時点で時間は深夜、僕が宿にチェックインしてから数時間しか経っていなかったが、僕は迷う事無くワタルが滞在している宿に行くことにし、2人で急いで宿に戻って荷物をまとめた。ベットで天井を見つめていた時が嘘の様にテキパキとパッキングする。やっとここ数日間の流れが変わる、今必要なのは変化だ。

受付の男がたった数時間でチェックアウトすると言い出した僕の顔を不振そうに見つめる。自己紹介程度の会話しかしていない日本人達もキョトンとした顔で僕を見ている。

「エソン君、絶対ここは馴染めないっすよ。種類が違いすぎるっしょ。」
ワタルがヘラヘラ笑っている。
それは違うと思いつつも、自分が感じた彼らに対する違和感を肯定された気がして、少し安心した。おかしいのは僕だけじゃない。

宿を出た僕らはタクシーを拾って行き先を告げた。
現実は少しのきっかけで一瞬で動く。もしあのバーに行っていなければ、僕のタイでの思い出の大半は天井で廻るファンの光景になっていたはずだ。人生が映画だとするなら、ここ数日の僕の映画はクソつまらないアートフィルムの様なものになっていた。待ち人は新たな登場人物で、重要なシーンの切り替えに一役買った。

タクシーはスピードを上げカオサンが遠のいていく。
街の至る所で警察が検問を張っていて、前方100メートルの距離で警察が待ち構えている。

「あー、今止められたらだるいっすね。」
ワタルの貧乏揺すりがテンポを上げる。僕はかぶっていたフードを脱ぎ、笑顔で警察に挨拶した。声をかけられたくないときはこっちからかけてやればいい。
僕の作戦は的中して、車は止められる事無く検問を通過した。

タクシーは順調に走り、バンコクの町中から郊外に向けて走っている。

「俺思うんですけど、世の中が悪くなる方がいいアーティストが出てくると思うんですよね。ボブマーリーもジョンレノンも、ピストルズも世の中が荒れてる時に出てきてるんですよ。バンコクもこんな感じだからもしかしたらヤバい奴出てきますよ。日本も最近デモとかあるしヒーロー出るかもっすね。まぁでも日本は骨のある奴いなそうだから俺がなってやろうかなって思うっす。そんな感じっすね。」

ワタルが窓の外を見ながら夢を語っている。

僕は適当に相づちを打ちながらワタルが渡してきたエリミンを舐めていた。

タクシーは未来のヒーローと僕を乗せて楽園に向かう。













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