11/18/2015

楽園と智慧の輪

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楽園での数日はあっという間に過ぎていき、気づけば明日オーストラリアに向けて出発という日になっていた。
この数日は住人達とひたすらにハイになって楽園に引きこもって過ごした。
人間の慣れる能力は凄まじく、最初違和感を感じた住人達にも慣れ、僕も自然に輪に加われる様になっていた。
しかしT氏とは未だに打ち解ける事が出来ず、僕に対する態度だけが固かった。

ハンモックでぼけっとしてるとワタルが話しかけてきた。

「エソン君、Tさんアシッドもいけるみたいですけど、今日一緒にやらないすか?」

胸が高鳴った。ワタルはいつも僕に刺激を運んでくる。
でも今、僕は精神的に安定しているとは言えない。こういう時は危ない事は分かっている。どうするべきか。

しばらく迷った末に、このタイミングで自分を見つめる力を借りる事にした。
選択を迫られた時はヤバそうな方を選ぶ。日本を出た時に僕が自分に課したルールだ。
僕たちはT氏に頼みに行く事にした。

T氏は縁側でいつものヒッピースタイルでジョイントを吸っていた。
T氏に対する苦手意識のせいか近づくだけで胸の辺りが締め付けられる感じがする。

ワタルがT氏に頼んでいる。
T氏がワタルの胸の辺りをこづいて笑っている。お前は本当に馬鹿だな。そう言っているみたいだ。

T氏の視線が2人から少し離れていた僕の方に向いてきた。
「君もやるの?大丈夫?ちょっと心配だなぁ。」

僕の弱さが、安定していない事が見抜かれているのか。
弱い奴だと思われた事が僕の自尊心を傷つける。見抜かれている気がするってのは本当に気分が悪い。心の声を聞かれているようで、怒り、羞恥心、不安、様々な感情が入り交じり何を感じているのか分からなくなりそうだ。

T氏があの目線で僕の目を見つめてくる。目を合わせていられなくて避けてしまった。
蛇に睨まれたカエルの気分だ。

「Tさん、この人大丈夫っすよ。俺より全然慣れてるし。」
ワタルの根拠の無いフォローが入り、なんとか二人分を売ってもらえる事になった。

いつもならトリップする前は期待で胸がいっぱいなのに、この日はT氏に言われた事が頭に残り、バッドトリップするんじゃないかと不安を感じていた。

LSDのバッドトリップは地獄だ。見るのを避けていた自分の嫌な部分を強烈に見せつけられる。巡る思考は自尊心を傷つけ、自己嫌悪が胸を刺す。思い出すだけで吐き気がしてくる様なあの世界を、明日出発のタイミングで見せられたら僕は旅立てなくなるんじゃないか。不安は徐々に大きくなり部屋一杯に広がって行った。

一人部屋にこもり、少しでも心を整えようと格闘していた。
大丈夫だ。今、目の前に現れたって事はやるべき時だって事だ。何を見せられても僕は自分を見失う事は無い。今までもそうだったし、これからもきっとそうだ。

日が沈み、僕らはリビングでくつろいでいた。
スピーカーから流れるサイケは等間隔にリズムを刻み、これから始まるトリップのオープニングを告げているようだ。

「じゃあいきますか。一人二滴ずつ入ってます。」

ワタルが栄養ドリンクの小瓶を渡してきた。僕は小瓶を受け取り、ワタルと乾杯して一気に飲み干した。あと30分もすれば、現実が崩壊し始める。
ざわつく心を落ち着ける為、ジョイントに火を着けた。


ワタルとジョイントを回しながらまどろんでいると、少しずつそわそわし始めた。
脳の細胞が活発に動き始め、知覚の扉の重いドアがゆっくりと開く。
スピーカーからはスティービーワンダーが流れている、まるで僕の耳元で歌っている様に。

トイレに行き鏡を見ると、いつも見ている自分の顔が初めて見る他人の顔のようだ。嬉しいのか、悲しいのか、健康なのか、不健康なのか分からない、ただ一人の男が僕を見ている。
楽園はアシッドトリップには最高の環境だった。庭の植物達は、昼まで風景の一部だったのが嘘の様に存在感を示している。ただでさえ異世界のこの空間が歪んでいき、更なる異世界に僕たちを誘う。

ワタルが興奮した様子で話しかけてくる。
「ヤバいっすね。やっぱりエソン君をここに誘って正解だったっす。てゆうか多分最初から決まってた事なんですよ。あぁ、ヤバい、もう訳分かんなくなってきました。とりあえず出会えて本当に良かったです。」

僕の視界の歪みも最高潮に達して、渦巻く思考は高速回転していた。
ぐしゃぐしゃに曲がって行く空間を見ながら、僕は二年前インドで出会ったアントニーの事を思い出していた。

心優しい狂人、今なら彼の言っていた事が分かるかもしれない。
だって今僕が見ている景色は、彼が大切にしていたパレットそのものじゃないか。

様々な色が混ざり合ってマーブル状になっているパレット、僕らが普段見ている景色も正体はこんなものなのかも知れない。
時計を見ると信じられない事に3時間が経過していた。
時計を見た事をきっかけに僕の思考は時間について考え始めた。そもそも時間は僕らが考えだした概念で、本来は存在しない物だ。
そして僕らは’今’しか感じる事が出来ない、今にしか居れない。という事は、過去と未来は実際には存在しない事になる。
未来予想は予想にしか過ぎず、記憶は曖昧な物だ。もし、本当は今しか存在しなくて過去も未来も同時に現在に存在するとしたら、、
もし現実の正体がパレットのような物で、瞬間、瞬間に僕らが見ている様な景色を形作っているだけだとしたら、、

ずっとこの現在に存在できるモノ、現実を形作れるモノ、そいつは「意識」だ。
気づいた時には始まっていた人生の中で、ずっと僕と一緒に在ったモノ、この「意識」の中に全ての答えは隠されているはず。

もし神が存在するとするなら、それは「意識」の事かもしれない。
僕の凡庸な頭が一つの仮説を導きだした時、少し前に見たばかりのはずの朝日が昇りだした。朝の澄んだ空気の中を太陽光が駆け巡る。目に映る全てが輝き、世界が生まれ変わったような姿を見せる。小鳥のさえずる声が、歌の様に聞こえる。

頭がすっきりとして、体の毒素が全て抜けた様な爽快感だ。ワタルは昨夜の体験が余程強烈だったのか、椅子に座って呆然としている。気のせいか目が涙ぐんでいるように見えた。

僕の思考は未だ休まらない。
今度はタイで過ごした一週間について考えていた。この一週間は思い描いていたものとは遠くかけ離れていた。いや、こうなると分かっていた状況が目の前に現れて僕が受け入れられなかっただけかもしれない。寂しくて、他人に受け入れられない自分が恥ずかしくて、何かが不安だった。

希望を抱いて旅に出た。全てを変えたいと思っていた。
一体何をしにすべてを置いて海外に出てきたんだろうか?そうだ、僕はこれを求めていた。孤独を、葛藤を、苦難を、そして今感じているこの歓喜を。
旅に出ようと決めた時に抱いた志を思い出した。世界を肌で感じたい。強烈な体験がしたい。自分を知りたい。人生の探求を終えたい。

そしてソレを表現する。フィルターは何でも良い、アートだ。
そうだったんだ、この数日、旅に出てからずっと落ちていたこの数日、これで良かったんだ。完璧だったんだ。僕はこれを求めていて、そのとおりの体験をしたんだ。
体の中心からわき上がって来るエネルギーが体を震わせる。
僕は自由だ、何にも縛られていない。僕は孤独だ、誰にも縛られていない。
僕は何者でもない、肩書きには縛られていない。

僕を縛り付けていた鎖が、知恵の輪を解く様に少しずつ解けていく。
もう少しだ、もう少しで分かりそうだ。しかしLSDはヒントはくれるが答えは教えてくれない。いつも後少しのところで姿を消してしまう。

幻覚状態の視界は少しずつ正常に戻っていき、思考は落ち着きを取り戻し始めた。
ワタルはいびきをかきながら寝ている。
僕は椅子に深く腰掛けコーヒーを飲みながらジョイントに火を着けた。トリップの疲労感と、バッドトリップしなかった安心感、胸に詰まっていたわだかまりが晴れた事による爽快感、数日ぶりに感じる気持ちの良さを感じていた。

音楽を聴きながら余韻に浸って居るとT氏が起きてきて話しかけてきた。

「おはよう、昨日大丈夫だった?」

僕はいい体験が出来た事を伝えた。僕の心が晴れているからか不思議と居心地の悪さは感じない。むしろT氏と話をしたいと思った。

今までT氏に対して自分から積極的に話しかける事をしてこなかった僕は、聞きたいと思っていた事を質問した。一体T氏はどんな人生を生きてきたのか、何を思ってこの場所を作ったのか、なぜ僕がアシッドトリップする事を心配したのか。

T氏は僕の質問に答えてくれた。昔は旅人で数十カ国を何年もかけて旅した事、ニューヨークで皿洗いのバイトをしながらお金を貯めた事、80年代後半から90年代にかけての世界の様子、帰国したのち日本で事業を立ち上げ経営者として成功していた事、そして数年前に奥さんの死をきっかけにタイに来て、人生をゆっくりと過ごす為にこの場所を作った事。

あれだけ苦手だったT氏に少しだけ親しみを感じた。

「それから昨日心配だって言ったのは、君みたいなタイプを何人も見てきたからだよ。君の意識が内側に向きすぎている事は見てれば分かる。内省的なのは悪い事じゃないけど、そういう人が精神の探求を始めるとド壷にハマって戻って来れなくなる事があるから心配だって言ったんだ。もっと外側に意識を向ける様にしたほうがいいよ。」

60年代、サイケデリックレボリューションのまっただ中に居たヒッピー達はドラッグを使って精神の解放と探求に励んだ。
一部の者は答えにたどり着き、大多数は精神が崩壊するか薬物中毒者になったという。

T氏の話を聞いた後も、僕の高揚感は続いていた。例え戻って来れなくなったとしても構わない。僕は探求がしたくて、ソレを表現したくて旅に出たんだ。思い出した初期衝動は僕を突き動かす。シャワーを浴びて、荷物をまとめた。ワタルと楽園の住人達、T氏に挨拶をして、通りにでてタクシーを拾った。今日から僕はオーストラリアに行く。
また環境が変わり、僕の現実は変わっていく。

結局人生は上手くいく様に出来ている気がする。思い返せば、このタイでの一週間は出来すぎていた。最後にアシッドトリップでまとめをする為にそれまでの出来事が仕組まれていた様な。

とにかく、飛行機に乗り数時間過ごせば僕はオーストラリアだ。
ステージを変えて探求と創作を続けよう。

胸の中心に暖かいものを感じながら、しばらく見る事は無いだろうバンコクの景色を眺めていた。

〜2015タイ編終了〜
































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