11/05/2015

楽園と人間と心(フィクション)

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「ここで止めて。」
ワタルが通じるはずの無い日本語でタクシー運転手に話しかけた。
何故通じたかは分からないが運転手は理解したらしく車は止まった。荷物を降ろし、二人で歩く。楽園はすぐそこだ。

その場所は日本の田舎の様な場所で、背の低い民家が立ち並ぶ住宅街だった。
大きな仏塔の脇を通り抜け、街灯もない夜道を歩く。この数時間で沈黙が苦痛に感じない程度の関係を築いていた僕らは特に会話する事も無く黙々と歩く。
二人の足音だけが静かに響いている。

「ここっすね」
ワタルが立ち止まった。住宅街の一角、他の家とは明らかに質の違う木で出来た外壁が現れた。高級ログハウスの様な雰囲気のその場所は、普通の家が建ち並ぶこのエリアで明らかに浮いていた。

僕らは楽園にたどり着いたらしい。ドアを開け敷地内に入ると、想像どうりログハウスが現れた。敷地の右手に9つのゲストルームがあり、左側には二階建てのリビングスペースが有る。リビングスペースには壁が無く南国の家の様な雰囲気だ。
建物内と庭の至る所に植物とオブジェ、絵画などのアートが飾られている。他にも、サイケデリクスを接種した時の視覚効果に配慮したと思われる蛍光色に光る石や、宗教関係の置物が置かれており、リビングスペースの本棚には、ビーヒアナウやチベット仏教死者の書、ティモシーリアリーやオルダスハクスリーなどのニューエイジ系から素粒子物理学の本まで幅広く置かれている。

敷地内全体がヒッピー的生活を前提とした作りになっていて巨大なチルスポットのようだ。一体この空間を作り上げたのはどんな人物なのか、どんな奴らが滞在していてどんな生活をしているのか、疑問と興味が一気に湧いてくる。

「オーナー呼んでくるっす。」
ワタルが二階に上がって行った。しばらくするとワタルがオーナーを連れて降りてきた。
オーナーはT氏という50代の男で、インテリがヒッピーカルチャーに傾倒しそのまま歳をとった感じ、とでも言おうか、要するにモロな雰囲気の男だった。上下ともに麻生地で作られている緩い服を着て首にはネイティブ風のネックレス、髪は短髪だが襟足に一本だけドレッドが編まれている。
T氏は深夜の訪問客である僕を怪訝そうな目つきで見ている。
苦手なタイプだ、目が合った瞬間にそう思った。

怪しむT氏の様子を気にするでも無くワタルは僕の事を紹介する。
深夜のカオサンでたまたま会って意気投合した事、この場所の事を話して来る事になった事、僕がいかにロックか。(ワタルの個人的な感想で、僕自身は全くロックではない。)

ワタルの紹介が終わるとT氏はやっと了解したようで部屋を案内してくれた。
やはり話すとさっき感じた苦手な印象が少しづつ間違っていなかった事が分かってくる。

T氏は曖昧なやり取りを許さない。何気ない会話の言葉尻をとらえて、追求してくる。僕がどうでもいい事と判断する事をT氏は良しとしない。

何故そんな事の正確さにこだわるのかと思う所で会話が止められ、キャッチボールがスムーズにいかない。なによりT氏は会話の時に僕の心の裏を見るように目を見つめてくる。心を見透かされているようで居心地が悪い。いら立ちを隠しながらT氏の説明を受け、他の住人を紹介された。

僕とワタル以外は4人の住人が居て、俳優、音楽プロデューサー、ウェブデザイナー、一人旅でアジアを廻っているDJ,皆僕よりも年上で見た目も肩書きも変わっている奴ばかりだった。2階のリビングスペースに行くとガンジャの匂いが立ちこめていて、テーブルの上には巨大なボング、灰皿にはローチが山積みだ。スピーカーからは民族音楽が流れている。

僕に気づくとテーブルを囲んでいた4人が一斉に半開きの赤い目を向けてくる。T氏同様に住人達も深夜の訪問客である僕を怪しむ目つきで見つめてくる。
気まずい空気を感じていると、ワタルが僕の紹介を始めた。ワタルは空気を気にしない。というよりも鈍感と言ったほうが正解だろう。場にそぐわない高めのテンションで僕の紹介を終えると席に着いてバッズを砕き始めた。人間関係における感度はそのまま生きる上での難易度と比例する。空気を読みすぎる事は言動、行動の制限につながるからだ。

遅れて2階に上がって来たT氏が席に着き声をかけてきた。

「君ジョイント巻けんの?巻いてみてよ。」

試す様な言い方だ。
おいマジで言ってんのか?今まで何本巻いてきたと思ってる?あんたより上手く早く巻けるよ。下らない僕の小さなプライドが叫んでいる。こういう場ではいかに上手くジョイントを巻けるかなんてクソみたいな事がステータスになったりする。要は僕がこの小さな世界でどれくらいのレベルか見たいらしい。

僕はふわついている心を落ち着ける様にジョイントを巻く事に集中した。
バッズを砕くときは細かすぎず雑にならず、クラッチは丁寧に作る、巻くときは裏巻きで素早く。キレイなジョイントが巻けた。
出来上がったジョイントを渡すとT氏の中での僕の値踏みが終わったらしく「ふーん。」と一言言って火を着けた。

ジョイントが廻る、誰かが吸う、誰かが巻いている。
僕は未だに居心地の悪さを感じていた。久しぶりのマリファナはかなり効いていた。
ジョイントは次々に廻ってくるけど、断る事はしない、落ちるなんてもってのほかだ。小さなプライドを守るため重くなった瞼を必死に持ち上げていた。

スピーカーから流れる民族音楽に意識が持っていかれる。
旅をしていると良くある事だが僕は複数人との初対面が苦手だ、さらにマリファナを吸うと敏感になってしまい、誰かの言動の一部分が妙に気になったり、僕の悪い癖である他人からどう見られているのか、という思考がより強くなり無意識的に自分を取り繕おうとして不自然さに拍車がかかる。リラックスできないのだ。

会話に入っていけない。こういう時にただハイになって何も気にせず話が出来る奴をうらやましく思う反面、何も考えていない奴だと思ってしまう。
僕以外が馬鹿なのか、僕だけが馬鹿なのか、多分どちらでもないんだろう。

煙は止まる事無く室内を揺らめいている。
僕は会話に参加する事を諦め、また自分について考えていた。

「人間の悩みは全て人間関係に帰結する、そして人間関係で傷つかないことは基本的にあり得ない。」

数日前に読んだアドラー心理学の一説が頭に浮かんだ。そうだ、僕は人間関係で悩んでいる。

僕は認められたいのだ。いつも何処でも、自分が存在している事を、その価値を誰かに認められていたい。今この瞬間感じている居心地の悪さは自分が認められていない様な気がして自分の価値を否定されている気がして安心出来ていないのだ。今まで認められる為、存在を許されるため、いつも僕は何者かであろうと仮面を被っていた。場所によって、人によって、自分を変えることは精神的な疲労を伴い、次第に人に会う事を避けるようになっていった。

ありのままの、そのままの僕は優等生で精神的に弱く、人目が気になり、プライドが高く、自分を信じる事が出来ないださい奴なのだ。人と違う生き方がしたい、特別でありたい、そう思いつつも心の奥底で皆と一緒である安心感を求めている。そして何よりも問題なのはそんな自分を受け入れる事が出来ていない事だ。

これを乗り越えて心の安楽を手に入れる為には全てを諦めるか、今この自分を完全に受け入れるしか無い。自分を知り、自分と向き合う事は旅のテーマの一つで、こういう事を望んでいたはずが、いざ自分の見ない様にしていた部分と向き合わされると直視する事が出来ず、気づけば完全にバッドトリップに陥っていた。

そんな僕の心の内を見透かした様にT氏は時折意味深な視線を向けてくる。
強い視線、まるで僕が嘘つきでたった今裁判にかけられている様な気になってくる。T氏はよく人間を見ている。苦手な感じの正体はこいつだ。

「それで本当のお前はどうなんだよ?」

そう言われているようで仮面を持つ手が震えているんだ。


「エソン君、ヤバい映像PCに入っているんで部屋で見ましょうよ。」

会話も続いているし、どう考えてもおかしいタイミングでワタルが僕を誘ってきた。ワタルは僕が会話に入れていなかったから、なんて理由で僕を誘う様な奴じゃない。ただ今このタイミングで、見たい映像があって興味を持ちそうな僕を誘った。ただそれだけの事だ。それでもこの時はワタルに救われた。あれ以上あの輪の中で気を張りながらやり過ごす事はしたくなかった。僕らは皆に部屋に行く事を告げてワタルの部屋に行った。

PCからワタルの好きな日本のロックバンドの古いライブ映像が流れている。
刺青だらけの男が腕に注射器を指したままギターを弾いている。
ワタルは隣でいびきをかいている。

僕は抜けきらないマリファナの効果を感じながらまた同じ事を考えていた。
なぜ僕はありのままでいれないんだろうか、僕のありのままとは何なんだろうか。
物心ついた頃から感じている集団の中で感じる疎外感、人の目を気にする事、その無意味さも分かっているのに僕の反応はいつも同じで同じ所をループしている。

何時間経っただろうか、部屋の外に出ると朝日が昇っていた。庭の植物が朝日に照らされ朝露で煌めいている。

同類の人間を求め起こした環境の変化は更なる苦悩を運んできた。
ワタルは幸せそうに眠っている。

僕が見るべきなのは天井のファンでも、ロックバンドでも、女の体でもないらしい。
やはりこの複雑怪奇な自分自身みたいだ。

皆が寝静まった楽園のハンモックに寝そべって新しいジョイントに火を着けた。




















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